第7回:社会や環境を意識したマーケティング
(1)マーケティングは誰のため?
はじめにこれまで説明してきたことを簡単に復習しておきますが、マーケティングとは企業が自分たちの扱っている商品の売上を増やすための仕組みづくりです。そしてその商品の特徴によって、製品、価格、流通チャネルや広告といった分野に関する具体的な戦略を立てていきますが、どのような戦略を立てられるかはライバル企業との知恵比べということになります。つまりマーケティングの目的は、ライバルに打ち勝って自分たちの利益を増やしていくことにあるわけです。
もっともこうした目的を達成するためには、お客さんが商品を買ってくれなくては話になりません。商品の売り手である企業が独りよがりなマーケティングを行っても意味がなく、商品を買うお客さん一人一人に満足してもらう必要があります。そのための仕組みづくりの一つが、前回説明したOne-to-Oneマーケティングです。この場合は、企業は自分たちの利益を増やすために、顧客の満足を高めることにも注目しているわけです。
ところがマーケティング活動を行うたくさんの企業が、自分たちの利益や自分たちの顧客の利益だけを図ろうとすると、そのツケが誰かに回ってしまうことになりかねません。マーケティング活動によって特定の企業や人々の利益だけでなく、社会全体の利益を図ることはできないのでしょうか。これが今回のテーマです。
(2)環境保護をマーケティングに活かす
1960年代から1970年代にかけて、汚水の垂れ流しとか大気汚染といった公害や、石油価格の高騰によるオイル・ショックが大きな社会問題となりました。そしてこのころから今日に至るまで、大量の商品を生産し販売することで利益をあげている企業が、社会的責任をどのように果たすかということが議論されています。企業が自分たちの活動を通じてどのように社会に貢献するかという点では、マーケティング活動のあり方も問題になります。企業がマーケティングによって自社の利益を図り顧客ニーズを満たす一方で、ライバル企業や顧客ではない一般の人々、社会や地球環境にどれだけ悪影響を及ぼしても構わないということにはならないからです。
社会全体の利益や環境の保護というと、コストはかかるが自分たちの利益にはつながらない非営利的活動であるように思いがちです。しかし環境を意識した商品であるとアピールすることでお客さんの支持が増えるケースは少なくありません。
そのひとつの例が、スキンケア商品や化粧品を製造・販売しているザ・ボディショップです。この企業は社会的利益や環境保護に取り組む企業として有名で、天然の原料を主な成分にした商品をつくっています。また容器は各商品共通のシンプルなものにしたり、使い終わった容器をお店で回収して植木鉢にリサイクルしたりすることで、ムダを省くこともしています。もちろん化粧品はおしゃれをするための大事な道具ですから、「環境に優しい」というだけでは、利用してくれるお客さんはなかなか増えません。しかしザ・ボディショップは、過度に飾り立てることはしないけれども、お客さんが買い物に来て楽しくなり、商品を使って心地よくなれるように、さまざまな色や香りを使って明るく華やかになるような演出をしています。そしてこのような雰囲気作りをした上で、新商品を開発するときのテストに際して動物実験を行っていないとか過剰な包装を行わないといった、動物愛護や環境保護を重視しているというメッセージをアピールしています。このような取り組みをすることによって、天然素材で身体に優しく、環境にも優しい商品を求めるお客さんを増やしているのです。
もうひとつの例が、洗わずにそのまま炊くことのできる無洗米というコメです。これはコメをとぐ手間を減らすという点で画期的な商品です。しかしこうした特徴をアピールしていた発売当初は、炊事の手抜きをしているとか、米をとぐことができないと思われることを嫌って、利用する人がなかなか増えませんでした。手間いらずというメリットが強調されるあまり、かえって利用がためらわれる商品だったのです。しかし無洗米には「環境に優しい」というメリットもあります。あらかじめ精米段階でコメのヌカを効率的に落としてから販売しており、家庭でヌカを含んだとぎ汁が出ないので、下水処理の負担をかけないからです。そこで最近では、環境に優しい商品であるという特徴もアピールすることで、無洗米を購入する人が増えています。
このように「環境に優しい」ことは社会全体の利益や環境保護につながるだけでなく、それをマーケティング活動に結びつけることのできた企業の利益につながることもあるわけです。
(3)新商品を売るだけがマーケティングではない
これまで企業は、新しい商品を消費者に買ってもらうためにさまざまなマーケティング戦略を考えていました。商品の流通という点では、図のようにメーカーがつくった商品が、卸売業者や小売業者を経由して消費者にたくさん売れるような仕組みを考えていたわけです。とくに近年は新商品が発売されるサイクルが短くなり、お店にはたくさんの商品があふれかえっていますが、買い替えによって使わなくなった商品や売れ残った商品はどうなるのでしょうか。これらをゴミとして処分していたら、埋め立て場はすぐに一杯になってしまうでしょう。そこでゴミの削減や材料の無駄遣いを減らしたり、使い古しの商品を再利用したり、原材料にまで分解して再資源化したりする取り組みが増えてきました。これらは省資源化・削減する(Reduce)、再利用する(Reuse)、再資源化する(Recycle)という英単語の頭文字をとって3つのRといわれることがあります。企業はマーケティング活動によって自社の売上や利益を増やすだけではなくて、3つのRを気にかけることで社会的責任を果たす必要ができてきているのです。

企業の中には3つのRに関するビジネスを積極的に行っている場合もあります。たとえばサントリーやキリンビバレッジといった飲料メーカーはペットボトルの重さを軽くしています。これはペットボトルの原料である原油価格が高騰しているのでその影響を抑えることや、軽量化による配送コストを削減することにつながるからです。生産や配送に要する費用を抑えられれば、商品の値上げを防ぐことができる点で顧客の利益につながるし、それによって売上が増えれば企業の利益にもつながるでしょう。しかしこのような取り組みは、限りある石油資源の利用を減らすという環境面への貢献も大きいのです。
また古本の買い入れと販売を行っているブックオフは、書籍の再利用をビジネスにしています。日本では新しい書籍を値引き販売することは原則として認められていませんが、ブックオフは書籍を安く買いたいという人と、読み終わった書籍を処分したいという人のニーズを合致させたのです。あるいは富士フィルムの写ルンですという商品は、カメラ店に現像に出されるとフィルム以外の部品は最終的に生産工場が回収します。そしてレンズやフラッシュなど多くの部品は検査・洗浄後にそのまま繰り返し再利用され、紙箱や樹脂素材のカバーは溶解・破砕後にリサイクルされます。こうした取り組みは使い古しの商品をゴミにせず、まだ使えるものはそのまま再利用し、使えないものでも資源として再生するという点で、「環境に優しい」のですが、ビジネスとして成り立っている点が大きな特徴です。
(4)社会と共存できるマーケティングのあり方
たしかに「環境に優しい」ことは素晴らしいことです。しかしそれだけでは環境に特別に関心の高い人々の共感しか得ることができない場合が少なくありません。より多くの人に受け入れられるためには、ザ・ボディショップや無洗米のようなマーケティング活動が必要となります。環境保護をマーケティングの材料にするべきだというのではなく、自分たちの社会や環境に対する取り組みを的確に消費者に伝えることが望ましいのです。大勢の人々が商品を利用することで「環境に優しい」ことのメリットもより大きくなるからです。
自分たちが利益をあげられれば、あとはどうなっても構わないということではいけません。しかし社会全体の利益や環境保護を図ることが負担になるばかりでは、企業は何もしないでしょう。社会的責任を果たしつつ企業が利益を得ることのできる仕組み、そのような社会と共存するマーケティングのあり方が求められているのです。
(5)終わりに
さて、以上で「マーケティングの小部屋」の授業は終わりです。最後に全体をまとめておくと、第1回では、企業が自分たちの商品を売るための仕組みづくりであるマーケティングについて考える上で、自分たちにはライバル企業と比較してどのような強み・弱みがあるのかを判断し、自分たちが取り扱うたくさんの商品のうちで、どの商品にどれだけの力を注げるのかを判断することの重要性について説明しました。そして具体的なマーケティング手法を4つに大きく分けて、第2回で製品戦略、第3回で価格戦略、第4回で流通チャネル戦略、第5回で販売促進戦略、について解説してきました。このようなマーケティング戦略は企業の激しい競争の中で、どんどん進歩しています。その一例として、第6回ではお客さん一人一人の満足度を高めるためのOne-to-Oneマーケティング、この第7回では社会全体の利益を高めたり環境保護にも役立てたりできるようなマーケティングについて説明しました。
ここまでの7回の解説で、マーケティングがどんな役に立つのか、大まかには分かってくれたことと思います。しかし、マーケティングはたくさんの企業がライバルに勝つために知恵を絞っている分野なので、この7回の説明だけではまだ充分とはいえません。マーケティングについて興味をもった人は、「参考文献・おすすめの1冊」で紹介したような本を読んでみてください。そうすればマーケティングに関して、もっとたくさんの知識や、新しい考え方が身につくと思います。
参考文献・おすすめの1冊
西尾チヅル『エコロジカル・マーケティングの構図』有斐閣、1999年。環境は守られなくてはならないという道徳的な視点だけでなく、環境を意識したマーケティング活動によって企業にどのようなメリットがあるのかという視点を盛り込んでおり、企業活動と環境保護に関して多面的な考え方ができる書籍です。


