外国語としての日本語
アーサー・ビナードさん
自分の一番得意な言語とは違う言葉で、自分を表現してみよう、と思った事はありますか?
あなたが日本人なら、例えば英語で――。あなたがイギリス人なら、例えば中国語で――。あなたがブラジル人なら、例えばハングルで――。
わざわざやりにくいやり方を選ぶことないじゃない、と言う人がいるかもしれません。でも、その「やりにくいやり方」でしか生まれないものがあります。その「やりにくいやり方」に他ならぬ日本語を選んだ、詩人、アーサー・ビナードさんにお話をお聞きしました。
言葉に真摯な人である。表す対象に、その形のまま、その大きさのまま、一番ピタッと来る言葉を、探そうとする。大げさに言おうともしない、わざと小さく言うこともない、それを表す、ちょうどぴったりの言葉を、ちゃんと考える。そこに、手は抜かない。
「自分が書いているものが『伝わるかどうか』というのが、一番の基本だね。難しいことをやさしく表現するのは詩人の仕事だけど、やさしくいうために浅くしてしまったら、身も蓋もない。自分が感じていること、考えていることが、読者に届くかどうか……。『分かる』って言われたとき、とてもうれしいですね」
その、伝える手段として日本語を選んだ。でも、すぐに日本語にたどり着いたわけではない。いろんな人といろんな言語に出会いながら、飄々と漂ってきた感じさえする。
「大学2年生のとき、イタリア人の恋人ができて、彼女はぼくより2つ年上で、卒業してミラノに帰った。追いかけてぼくもミラノに行った。それがイタリア語との出会い。話せるようになってから、チェーザレ・パヴェーゼという詩人の作品を読み出して、どんどん引き込まれた。でもやっぱり大学を卒業したほうがいいだろうと思って、アメリカに戻って英文学に再び没頭、それからタミル語に興味がわいて1学期だけインドに行ったんです」
タミル語との出会い。それがアーサーさんの言語観を揺さぶることになる。
「新しい文字を覚えていくプロセスが強烈に面白かった。タミル語が少し書けるようになって、アルファベットの代わりに使えることが分かってくると、『これで世界が表せるんだ!』という開放感を覚えた。英語にしろイタリア語にしろ、それまではローマ字しか知らなくて、そのとき自分がアルファベット中毒だったことに初めて気付いた。タミル語の文字が使えれば、たとえ地球上からアルファベットが消えてしまったとしても、自分はどうにか生きていけるんだ、ってそう思ったんです」
タミル語との別れを惜しみつつアメリカに戻って、卒論を書いていたときに、また新しい出会いがあった。
「ある論文の中で、20世紀の詩人、エズラ・パウンドについて触れていたんです。パウンドは、英語の長篇詩のところどころに漢字をそのまま入れるという、変わったことをやる詩人。そして、ぼくがたまたま読んだその論文に、漢字がどういう文字かが書いてあったわけ。初歩的な、漢字には『へん』と『つくり』があって、といった簡単なものだったけど、タミル語をやったばかりで、文字への興味があって、脳味噌もやわらかくなっていた。
タミル語の文字はローマ字同様、音を表す。漢字は音といっしょに意味も持つ。形が意味を抱え、音もはらみ、部品を組み合わせただけではなく、それらを超えた一つの生物のようだ。考えれば考えるほど、漢字をやらないわけにはいかない、と」
卒業できることを確認し、卒業式を待たずに来日。そのときには少ししか、日本語は話せなかった。外国語を本当に自分のものにするためには、何が大事なのか。
「耳から入ってきた言葉が頭の中でこだまして、それがどういう意味なのか分からなくても、何度も繰り返される。そしてあるとき分かったり、あるいは分かったつもりになったりして口に出してみる。赤ちゃんが言葉を覚えるときも、最初はこの『こだま』から出発するんじゃないかと思うんです。頭の中で、音と意味がもみ合い、ゴシゴシこすり合って、合体したりして、その『言語風呂』をどれだけ濃く、豊かなものにできるか、そこが大事ですね。風呂の『効能』を生かすためには、五感をフルに使わないと。
英語を日本語に訳し、日本語を英語に訳して、行ったり来たりしながら習得していくやり方もあるけど、それだけだとどうしても浅くなってしまいます。もちろん翻訳は必要ですけど、それだけでは、いつまで経っても英語を通して見た日本語の域から出ることができない。どっぷりと『入浴』しなければ、かさかさの翻訳調になってしまうんです」
日本語で詩を書く――自分を表現するのに、なぜこの方法を選んだのだろうか。日本語はアーサーさんにどう映っているのだろうか。
「日本語で書いていて、ありがたく思うのは選択肢がいっぱいあることですね。数え切れないほど多くの表現者が今まで、長い年月をかけていろんな形で日本語に命を吹き込んできたおかげです。それがこんなに豊かな選択肢を作り出したんだ。そして日本語の中に、その先人たちの視点が入っていて、日本語で書くことによってぼくのものの見方が変わる。違った視点を得るというのが、詩の出発点なんです」
違う目線を得るという意味で、何か具体例はありますか?
「例えば、日本語の『窮鼠猫を噛む』ということわざは、英語にはない。でも、考えてみれば『テロとの戦い』や米国と英国の帝国主義とぴったりつながるし、社会の弱者を切り捨てて行き詰まった犯罪対策にも光を当てることわざです。日常生活でもこの知恵が必要な場面がたくさんあって、普遍的で大事なことなのに、英語にこれを表す言葉がないなんておかしい。だから翻訳が必要だ。“A cornered rat will bite the cat.”この新しいことわざがもし英語の中に棲息して、知られていけば、言語がちょっとだけ広がることになる」
言葉に真摯に向き合ってきたアーサーさんだからこそ、言葉に対する危惧もある。
「ファーストフードが跋扈する世の中では、言葉も貧しくなる。ファーストフードの企業って、「あなたの個性に合わせます」みたいなことを売り文句にしながら、結局はハンバーガーかチーズバーガーかチキンナゲットという絶望的なメニューでしょう?あんなものを食べていると鈍感になってデブるだけ。本来なら、食は無限に可能性をはらんでいるはずなのに、与えられたつまらないファーストフードのほうがてっとり早かったりする。
同じことが言語的についても言えるような気がするんです。無限の可能性に目を向けず、自分で作ることを放棄して、与えられた言葉を転がして、ただ消費する。言葉をそんなふうに使っていると、思考停止状態に陥る」
では最後にアーサーさんにとって日本語とはどんな存在ですか?
「ぼくにとって日本語がどんなものかと言っても、そんなことどうでもいい、というか、あまり興味ないですね。それより、『日本語にとってはぼくってどんな存在か』のほうが大事じゃないかと思います。
要するに、『太平洋にとってはタコの一匹がどんなものか』というような質問だったら、ぼくは大いに興味がある。『森林にとってはシャクトリムシ一匹ってどんな存在か』、それから『日本語にとってはぼくという一匹ってどんななのか』――。実体に即して、言葉を捉えなければならない。末永く日本語の中で、棲息を続けたい」
「言葉は、生活に根づいていないと、いずれ枯れてしまう。常に『市井の人』として学ぶものだ」――そう語るアーサーさんは、とてもしなやかに、それでいて真剣に、言葉に向き合っている。アーサーさんとお話していると、言葉を話す自分が特別なもののように思えてくる。自分の言葉を大切にしようと思わせてくれる、言葉の求道者である。
Arthur Binard (アーサー・ビナード)
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学英米文学部卒。1990年に来日、日本語での詩作を始める。
2001年に詩集『釣り上げては』(思潮社)で第6回中原中也賞受賞。絵本に『くうきのかお』、翻訳絵本に『ダンデライオン』『どんなきぶん?』(以上、福音館書店)、『カーロ、せかいをよむ』『カーロ、せかいをかぞえる』(ともにフレーベル館)。2005年には『日本語ぽこりぽこり』(小学館)で講談社エッセイ賞受賞。最新作に『出世ミミズ』(集英社文庫)。
6月 22, 2006 | Permalink
