神戸大学教授 佐藤英明(さとう ひであき)
1962年 福岡県生まれ、東京大学法学部卒業。
1988年から神戸大学教授。
専門は所得税など。著書に『ケースブック租税法』(共著・弘文堂・2004)、『租税法演習ノート』(編著・弘文堂・2005)、『租税法判例百選[第4版]』(共編・有斐閣・2005)などがある。
ナカ兄
今日は、僕が著者の佐藤先生に『プレップ租税法』について色々とお伺いするという趣向です。最初に自己紹介しますと、僕は、『プレップ租税法』の登場キャラで、租税法をよく勉強している法科大学院生という役回りです。主人公の学生のひとりのイトコでもあります。それでは、先生、よろしくお願いいたします。
佐藤
よろしくお願いします。
ナカ兄
前回のエッセイの筆者である北村先生は、佐藤先生と神戸大学のキャンパスで一緒だったと書いておられましたが?
佐藤
私が神戸大学に赴任した年の後半のことだと思うのですが、北村先生といえば、実はその時期のことよりも、後に環境法の非常勤講師に来て下さったときに法学部の期末試験の監督のお手伝いをしたことを良く覚えていますね。受講生の多い人気授業で大変でした。。
ナカ兄
リレーエッセイの第1回目を書かれた高木先生も神戸大学で教えておられた時期がありますから、何となく、ここ3回は「神戸つながり」ということになりますね。
佐藤
そういえば、そうですね。
1 本書執筆の動機と想定する読者像
ナカ兄
それでは、本題に入って『プレップ租税法』について伺うことにしましょう。
まず、以前、佐藤先生はこういう会話体で租税法の教科書類をお書きになる予定はないとおっしゃっていたそうですが、今回、この本をご執筆になったのはどういう理由からでしょうか。
佐藤
弘文堂編集部の北川陽子さんが勧め上手だったからです。
ナカ兄
・・・。
佐藤
「勧め上手」という答えがダメなら、企画上手と言い換えても良いかも知れません。どういう読者に何を伝える本を作りたいのかということが非常に明確だったので、お手伝いしようと考えました。もっと具体的に言うと、学部生や法科大学院生が租税法を学び始めるときに最初に読むとよい租税法の本、というコンセプトが明確で分かりやすく、魅力的でした。
ターゲットの読者層を絞るとそれだけ売れ行きが心配になるのが自然ですから、編集者としては、ついつい、あれもこれもと盛り込みたくなるものでしょうが、この企画に関しては、専門家が読んでも面白くとか、市民講座のテキストにもなるようにとか、その手の注文がなかったんですよね。
ナカ兄
(環境法ならともかく、租税法の市民講座って、「あなたの所得税は安くなる!」の税金セミナーとか以外にあるんだろうか・・・。)
佐藤
何か?
ナカ兄
いえ、何でもありません。それで、勧められて、はじめて、租税法の勉強を始める一番最初に読んでもらう本を書こうとされたわけですね。
佐藤
そうなりますかね。
ところで、君はどういうきっかけで租税法の勉強を始めたのですか?
ナカ兄
僕は、たまたま時間割が空いていたので租税法の授業に出てみたら、それが面白くて。
佐藤
ときどき、そういう人がいますよね。私が教えた神戸大学の学生の中にも、まったく何の気なしに私の授業に出てみたら租税法にすっかりハマって、一生懸命勉強した結果とうとう試験に合格して国税庁に就職したという人がいました。
ナカ兄
へえ、それは本格的ですね。
で、何人くらい、そういう方がおられるんですか?
佐藤
16年間教えて、1人です。
ナカ兄
16年で1人だけ・・・。
佐藤
そう、ただ、その背後には、やってみると面白いと思ったかも知れないのに、そもそも租税法の授業を受けようとも考えなかった人が大勢いるわけですよね。それで、何とか最初のハードルを下げて、もう少し沢山の人に租税法の勉強をしてもらいたい、というのが、大きな執筆の動機ですね。
ナカ兄
(なんだ、ちゃんとした執筆動機があるんじゃないか。まったく・・・。)
それで『プレップ租税法』は租税法の勉強を始める、もっと正確にいうと、租税法の勉強をしようかどうか迷っている学部生や法科大学院生を対象にしているということなんですが、この両方ともを一度に対象にするというのは広すぎることはないのでしょうか。
「法科大学院生向け」だと学部生には難しすぎるような気がしますし、「学部生向け」だと法科大学院生には物足りないということはありませんか。
佐藤
それは大丈夫だと思います。
これはある会合で大阪大学の谷口勢津夫先生がおっしゃっていた言葉なのですが、法科大学院生のほとんどは「税法未修者」ですよね。憲法や民法については法科大学院生、とりわけ「法学既修者」と学部生との差は大きいと思いますが、実は法科大学院生でも学部生のときに租税法を勉強してる人はほとんどいないわけです。ですから、こと租税法に関する限り、この両方を読者として想定する入門書は十分に成り立つと考えています。
ナカ兄
なるほど。それでは、そういう読者に向けて、どういうことを伝えたくて本書を執筆されたのですか?
佐藤
それは、ズバリ、「租税法は面白い」です。
君は租税法のどういうところが面白くて勉強を進めましたか?
ナカ兄
はい、僕は、租税法の条文が細かくてあっちとこっちとで一見関係がなさそうなのに平仄があっていたり、パズルが解けそうで解けなかったりというところに惹かれました。
たとえば、所得税法45条3項で一時所得についてだけ家事費の例外があったりするところなんか、何故だろうとか気になったりして・・・。
佐藤
そうそう、あれは最初見たときには不思議ですよね。でも34条2項と読み合わせると・・・。
ナカ兄
! 先生、ダメです。
この対談は“「租税法の勉強を始めようかどうしようか」と迷っている人のための『プレップ租税法』”を“「買おうかどうしようか」と迷っている人”向けの販促企画ですから、租税法の中身自体についてしゃべらないように気をつけろって言われています。
佐藤
ええ、そうでしたね。そういう細かい解釈問題が出てくると、ついツッコミたくなって。
ところで、租税法にはそういう頭の体操というかパズル的なミクロの面白さと、もっと大枠の制度論・政策論みたいなマクロの面白さと両方ありますから、ホントに飽きないですよね。
2 「会話体」のねらい
ナカ兄
「租税法フリーク」を自認しておられる先生に租税法の面白さを話していただくと、けっきょく本1冊分伺うことになりかねませんので、「面白さ」の具体的な内容は『プレップ租税法』でご覧いただくこととして、話を先に進めさせていただきますと、「入門の入門書」を書くにのに、あまり例のない「会話体」を使うことにされたのには、特に理由はありますか。
佐藤
「読みやすく面白い」ということもありますが、何よりも読者の理解を深めるのに適切だと考えたからです。会話体だと、読者が理解しにくいところや間違いやすいところで、登場キャラが一度間違って、誰かがそれを訂正しながら正しい議論につないでいくというようなことが容易にできますが、普通の文体でそういうことを繰り返していると、ずいぶんうっとおしい文章になってしまうと思います。
それから、先ほど「あまり例がない」と言われましたが、入門書に限ると会話体の本もかなりあるんですよ。法律学の分野で有名なものとしては末弘厳太郎先生の『法学入門』がありますし、分野は違いますが、小針 宏さんという方の『対話・現代数学入門』という本も、学生の頃に読んで感動しました。この本は今では『すべての人に数学を』という題名で日本評論社から出ています。
それから、純粋な意味での会話体ではありませんが、黎明書房から出ていた『化学のドレミファ』(米山正信著)のシリーズなども、会話が中心で分かりやすく入門的な知識を与えてくれる良い本でしたね。『プレップ租税法』をこういう名著になぞらえるつもりはありませんが、自分が学生のときに良かったと思えるところは取り込んで、今の学生の皆さんのために本が書ければ、と考えました。
ナカ兄
そうですか、そんなに色々と先行する良書があったんですね。知りませんでした。
さて、さらに話を進めますと、先生がこの本をご執筆になるときに、一番苦労されたのはどういう点でしょうか。
佐藤
それは何といっても、君たち登場キャラのお守りですよ。
まったく、著者の苦労も知らないで勝手なことばっかり話すし。だいたい、君なんか、最初は目つきの鋭い、ぶっきらぼうな人物だったはずなのに、従姉妹の親友に懸想なんかするから、途中でキャラの土台から作り直さなくちゃならなくなって、いったい、どれだけ手間がかかったと思っているんですか。
ナカ兄
あわ、あわ、あわ、そんな、懸想だなんて・・・
佐藤
だって、本当でしょう? これから『プレップ租税法』を買う人はともかく、読んだ人はもうみんな知っているのですから、今さら恥ずかしがったって無意味ですよ。
ナカ兄
この企画は「まだ読んでいない人」向けなんですけど・・・。
3 書くとき気をつけた点/読むとき気をつける点
ナカ兄
他に、苦労されたところと言えば?
佐藤
租税法の記述とネタの部分との区別ですね。たとえば「相続税の四重課税」というのは、まあ今はアメリカの連邦遺産税との関係が微妙といえば微妙ですが、とにかく、いくらショッキングでもかつて本当にありえたことです。これは租税法に関する記述だから正確でないと困る。
これに対して、お餅と一緒に入れ歯を飲み込んだらどうなるかとか、法律相談部の夏の催しがどういうものかとかいうことは、いわばネタの部分ですから、よくは知らないこともあるけど、まあそれは「おはなし」ということでいいや、という態度ですね。このあたりの区別が読み手に伝わるように気をつけたつもりです。
ナカ兄
あと、読者としてはどういう所に気をつけて読むとよいですか?
佐藤
まあ、全体を通じて楽しんでいただければ良いのですが、ひとつだけあげるなら、説明がわざと打ち切られているところがある、ということですね。著者の立場から言えば、本書では、「書きすぎない」ことに気をつけました。
神戸大学法学部で授業を担当し始めて3、4回目だったでしょうか、受講生にお願いした授業アンケートの回答に「説明するときは『原則』と『例外』にを止めてください。『例外の例外』や『そのまた例外』が出てくると、完全に頭が混乱します。」というコメントがありました。当時の私は制度の姿をできるだけ正確に伝えることに力を注いでいましたから、これは目からウロコが落ちるような指摘でした。そしてそれ以来、受講している学生が理解しうる範囲の説明に限定するということに注意するようになりました。
その発想はこの本でも生きていて、これから勉強する人向けなのだから、先で学ぶべきことは敢えて書かない。「どうしてだろう?」「どうなっているんだろう?」という疑問を持ってもらうところで止めるという努力をしました。
ナカ兄
でも、疑問を持っただけでほったらかしにされると読者はイライラしますよね。
佐藤
だから、どこまでは書いて、何を書かずにおくかに苦心したわけです。
ナカ兄
そうですね。どうしても知りたければ「気になったときに」の文献案内を手がかりに、そこだけ調べればよいわけですしね。
それから、これは少し伺いにくいことですが、「少し失敗したかも」と思われている点がありましたら、ここだけの話ということでご紹介いただけませんか。
佐藤
失敗というのとは違うかも知れませんが、この本の冒頭、第1講の最初が少し「堅い」感じになってしまっているんですよね。まあ、「教授」によるガイダンスですから仕方はありませんが。
それで、この最初だけ読んで「この本はパス」と思われる可能性はあるなと、書いてから思いました。第1講をもっと、とっつきやすくしておくと、本書のねらいがもっとよく達成できたかも知れません。
ナカ兄
たしかに、「キャラ全開」という感じになるのは、僕が登場する第2講からですね。
4 書かなかったことなど
-(コンコン、とノックして入ってくる)あ、いたいた。
ナカ兄
(従姉妹が入ってくるのを見て)あっ! あ~、なんだお前ひとりか。
-ひとりっきりで悪かったわね。あ、佐藤先生、こんにちわ。あたし、是非、ひとこと言っておきたいことがあるんでお邪魔しました。この本、出来上がったのを見ると、あっちこっち削りすぎて人物関係とかが分かりにくくなっているンじゃないですか? あたしとナカ兄は単にイトコなだけじゃなくて自宅が隣り合わせで、自分の家は共働きだから、けっきょく、ずーっと、学校から帰ったらナカ兄の家で宿題を手伝ってもらったり遊んだりして兄妹みたいに過ごしていたとか、あたしと彼女は大学の附属高校の3年のときのクラスメイトで、そっからずーっと一緒の仲だとか、全部、消えてますよね。
ナカ兄
そうそう、僕たちの家が大学近くのいつもの商店街付近だというのも、駄菓子屋のオジサンが僕に「角の家の次男坊」って呼びかけるところから推測する他はないですし。
姫も「わたくしの出番が少ないですわ」って、カンカンでしたよ。まあ、あのヒトは出てくるだけややこしい気もするけど。
佐藤
分量の制限があるんです。今のままでも少し多すぎるのに、君たちが言いたいことを全部書いていたら、500頁あっても納まりません。取捨選択は著者の権限です。
ナカ兄
それに、GWの合間に3人でやる勉強会は、元は2講分あって、前半が所得税の基礎の復習、後半がこれからの予習だったのに、出版されてみたら後半だけが第4講になっています。
-あの「山ごもり教団」が出てくる回ね。ホントだ、あれもなくなってる。
ナカ兄
そうそう、あれ面白かったのに。僕もずいぶん頑張って説明したんですけどね。
佐藤
あれは、授業で扱った話題にさらに君が解説を加えるという筋書きだったために、はじめて読む租税法の本にしては内容が難しすぎるように思えたので全部削りました。それに、そういうことを全部入れていたら『プレップ租税法①』『プレップ租税法②』となって、いつまでたっても本格的な教科書に入れないでしょう。飽くまでも『プレップ』のコンセプトは「入門の入門書」ですから、さっと通過して「入門書」や「教科書」に行ってもらわないと困るんです。
-(ノックの後、入ってくる)失礼します。あ、やっぱりここにいた。だめよ、先輩の邪魔しちゃ。ほら、こっちに来なさいって。
ナカ兄
(パッと明るくなって)やあ、そろそろ時間だから。もう、このままでいいよ。では、先生、最後にこの本のセールストークを、ひとことお願いします。
5 最後にセールストーク
佐藤
神戸大学のサイトにも載せていますが、本書では、何よりも、読者に租税法に興味を持ってもらうということを目的とし、「租税法を知らないとこんなに大変なことになる」、「租税法を勉強するとこんなに面白い話題に触れることができる」ということを、学部生、法科大学院生、大学の教授、商店街の人々などが登場する「会話体」で書いてみました。夏学期の大学を舞台に、4月のガイダンスから期末試験直前までの期間を、時間の経過とともにストーリーが展開して行く仕掛けになっていて、ツッコミの効いた軽妙な会話や登場人物の淡いロマンスなど読者サービスも一杯ありますから、大学2年生程度の知識と能力があれば、参考書として、また、「読み物」として楽しんでいただけると思います。というのでどうですか。
簡単にいうと、「読み物としては租税法のことがもっとも詳しく書いてあって、租税法の本としてはもっとも読み物っぽい」ということでしょうかね。
-それって「読み物にしてはごちゃごちゃ租税法のことがでてきてうるさいし、租税法の本としては内容が薄い」ってことじゃないかなあ。
-うん、そういうことを言う人もいるかもね。
佐藤
・・・君たち、そんなことを言っていると、改訂のときにどういう目にあうか、少しは考えた方がいいですよ。
-でも、先生、それは、もし改訂できるほどこの本が売れたら、ってときのことですよね。
佐藤
・・・。
ナカ兄
それでは、今日は長時間、大変ありがとうございました。
最後に一言申し上げますと、佐藤先生は、次回のエッセイを担当される森戸先生とは、東大法学部の研究室で1カ月だけご一緒だったということです。
僕との対談前に、「高木先生は昭和29年生まれ、北村先生が昭和35年、私が37年生まれだが、森戸さんで、とうとう昭和40年生まれの登場か」なんて、感慨深げにおっしゃっていました。
昭和30年代でも40年代でも、「大昔」にたいした差はないと思うけどね。
『プレップ租税法』の詳細は弘文堂HPよりご覧いただけます。