会計の今後―国際化と非財務情報
さて、約1年続いてきたこの連載も今回で最後となりました。まず今回までの講義を簡単におさらいします。まず、会計とは、企業が主に金銭に関する情報を用いて、コミュニケーションを行っている側面を勉強する学問である、ということを説明しました。その際には財務諸表と呼ばれる成績表が用いられていました。それを作成するための技術が複式簿記です。そして、そうやって作られた財務諸表は、法的に強制されて開示することもありますが、自発的に開示することもありました。また、成績表の内容を保証したり、あるいは読み解いたりする専門家が活躍していることも勉強しました。さらに、企業内部でも、会計情報を用いたコミュニケーションがあることも勉強してきました。
最終回になる今回は、会計の研究あるいは実務で注目を浴びているのキーワードを簡単に紹介したいと思います。限られた紙面という制約と、私の限られた能力というより強い制約を加味して、ここでは二つのキーワードに絞って解説をしたいと思います。一つ目のキーワードは他の分野でも良く聞くキーワードである「国際化」です。そして二つ目のキーワードは「非財務情報化」です。
国際化
「国際化」というキーワードは社会科学のどの分野でもある程度重要な話題となっていますが、会計もその例外ではありません。但し、特に財務会計の領域において、国際化の問題は2007年問題といわれるほど注目を浴びています。そこで、この問題がどのようなものなのか簡単に解説しておきましょう。
第三回の複式簿記を説明した回で、日本の簿記や会計と外国の簿記や会計とは大きく異ならない、と書きました。しかしながら、この程度の差であっても微妙な差があるのは事実で、異なっていない方がコミュニケーションの進展に役立つ事は間違いありません。しかしながら、従来は各国独自の法制度や商慣習が優先され、各国が独自の会計上の約束をもっていました。この約束は会計基準と呼ぶのですが、これが異なることで、各国企業の成績表は微妙に異なる成績がついていたのです。このことが理由で、日本の基準で作成した財務諸表を見たら黒字だが、米国の基準では赤字である、というような事例がしばしば見られるようになってきました。
これに対して金融市場のグローバル化が進む中、会計基準やそこから導かれる財務諸表が各国間で異なるのは不都合がある点が大きくなってきました。そのため、日本でも世界各国の基準と歩調を合わせるために1990年代後半から矢継ぎ早に制度改革が行われました。これは「会計ビッグバン」とも呼ばれるほどの大改革でした。
さらに、最近特に国際化が話題になっているのは、EU(ヨーロッパ連合)において、会計基準を統一化されたことによる影響です。言うまでもなくEUには多数の国が含まれ、その各々は独自の会計基準をもっていました。ところが、2005年よりEU内においては基本的に国際財務報告基準と呼ばれる同一の会計基準が適用される事となりました。そして、国際財務報告基準はEUに所属する国の企業だけにとどまらず、EU域内において資金調達を行う企業にも2007年より適用される事となったのです。日本企業でも、グローバル展開している企業は、EU域内で資金調達を行っており、この規制の対象となったのです。
ただし、もし日本基準が国際財務報告基準と同等の基準であると認められれば、日本企業は国際財務報告基準に基づいた会計処理はしなくて良いのです。しかし、同等と認められなければ、国際財務報告基準に基づいた会計処理を行い、その会計処理に基づいた財務諸表を公表する事が求められるようになります。この同等性評価はつい最近、2009年まで行うことというように、期限が延期されました。ただし同等と認められるにせよ、認められないにせよ、日本の会計基準や会計慣行が国際財務報告基準と無関係ではいられないでしょう。その意味で、会計の国際化は否応なしに進んでいっているのです。
非財務情報化
もうひとつ最近の会計トピックで注目を集めているのが、非財務情報、つまり金銭情報以外の情報に関する研究です。ここまで、会計は主に財務情報を扱う、としてきたにもかかわらず、なぜ急に財務情報以外の情報が出てきたのか、唐突に感じられる人も多いと思います。しかし、会計情報はあくまでコミュニケーションツールのひとつである、という最初の立場からすれば、そのツールとして、金銭情報だけに限る必要はありません。それ以外の情報でも、コミュニケーションに役立つのであれば、積極的に利用すればかまわない、ということになります。
ではなぜ、最近になって非財務情報を使ったコミュニケーションに注目が集まってきたのでしょうか。ひとつは、お金で測れないが、重要なものがあるという認識が広がってきたからです。情報技術の進展や経済のソフト化が進む中、現時点で金銭価値は無くても、将来金銭価値を生みそうなものに注目が集まるようになってきました。その中で注目を浴びている分野の一つが、知的財産の分野です。企業は研究開発活動などで、現時点では製品やサービスにつながっていないとしても、将来の競争力の「芽」になるような情報や特許など目に見えない財産をもっている場合があります。こういった財産の金銭評価は難しいのですが、企業の将来を見極めるために、投資家は是非とも知りたい情報といえるでしょう。それに呼応する形で企業も「知的財産報告書」という名称で、知的財産に関して詳しい内容を公表する例が増えてきています。
上の話は、経済的側面からのみの評価でしたが、それ以外でもお金で測れない、あるいは測ってこなかったものにも注目が集まるようになってきました。そのなかで大きく注目を集めているのが、環境情報と社会責任情報です。地球温暖化問題に代表されるように、環境問題は重要な社会問題のひとつです。それに対して、一部企業は積極的に対処しており、環境にやさしい製品やゼロ・エミッション活動など、環境に負荷をかけない企業である、という広告をしばしば見かけると思います。これらの活動を包括的に説明するために、環境報告書と呼ばれる報告書を公表したり、自らが環境にかけている負荷などを金銭評価する環境会計を実施したりする企業が増えています。
また、残念ながら、毎年のように大規模な企業不祥事が発覚し、事件化しています。情報漏れなどの小さな不祥事であれば、報道されない日がないといっていいほどです。このような中で、経済的側面による成果を上げることに加えて、社会にとって迷惑をかけない、あるいはもっと積極的に、社会に対して共存していくという姿勢を見せることが重要視されるようになってきました。このような、企業が社会に対する責任を負っていることから行う活動をCorporate Social Responsibility(CSR)活動と呼びますが、こういった活動を企業は積極的に行い、開示するようになって来ています。このような活動を報告しているのがCSR報告書やサステイナビリティー報告書と呼ばれるものです。
これら報告書の提出は法で強制されたものではありません。よって、第4回で勉強した自発的開示のひとつの例になります。つまり、投資家を含めた外部のステークホルダーと企業とのコミュニケーションに、金銭価値以外の手段が用いられている例といえるでしょう。
企業外部とのコミュニケーションだけでなく、企業内部のコミュニケーション、つまり管理会計の分野においても非財務情報の重要性は増してきています。財務情報と非財務情報のバランスをとった手法として、バランス・スコアカードと呼ばれる手法が、研究上も実務上も注目を集めています。この手法は、金銭価値に重きを置く財務の視点以外にも、顧客の視点や、社内ビジネス・プロセスの視点、学習と成長の視点、といった多数の視点から目標を設定し、それらをバランス良く実現しようとするものです。財務以外の視点は企業毎に異なるようですが、各々の視点はその企業が長期的に成長するのに必要不可欠な要素が選ばれています。そして、それらの視点が相互に関係しており、どれか一つを欠いても長期的に見れば損を生み出してしまうものが選ばれます。
例えば、サービス業で経費削減のためにサービスを低下させれば、一時的には利益が向上するかもしれませんが、中長期的には顧客満足が下がり、その結果、利益が減少してしまうかもしれません。ところが、財務指標だけに注目していると、そういった中長期的な目標が疎かになってしまう可能性があります。逆にお客様は確かに神様ですが、その要望に全てこたえようとすると、顧客満足はあがっても、コストがかさむわりには、利益があげられなくなるかもしれません。そこで、各々の相互関連性を確認しつつ、各々の目標を設定することで、中・長期的にバランスをとった成長を成し遂げるための手法が注目を集めているのです。
最後に
高校生に対する講座という事で、特に最後の方では、会計の中の話にとどまらず、ファイナンスや法律、経営といった分野との関係についてふれてきたつもりです。会計や簿記はお金の数え方、計算の仕方を勉強する以上に、どんなことを勉強するのだろう、と思っている人は多いと思います。しかし、単にお金の数え方でとどまらずに、お金を数えるという事が他の分野、ひいては社会とどうつながっているかということを書いてきたつもりです。
また、高校生までの勉強とは違う大学の講義の特徴を知ってもらいたかったということがこのような書き方をしてきた狙いとしてあります。大学の講義一つ一つはもちろんそれ自体で完結しているのですが、それ以外との講義も深く関係しているという事を知ってもらいたかったのです。高校まででは、例えば数学と理科の物理は関係していたでしょうが、数学と社会や英語と理科といった科目間の関係を意識してこなかった。私の受験時代を振り返ると、社会科の中でもそれほどの関係を意識してきませんでした。
しかしながら、大学にはいると、各科目間の関係を意識して勉強する必要があると思います。ただ、そのくくりは、それほど明示的に提示されている物ではありません。会計や経営、金融といった大きなくくりの中でさらに講義が細分化されています。この大きなくくりの中ではある程度各々の講義の関係が提示されていますが、大きなくくりを越えた関係になると、明示的に関係が示されていないことが多いと思います。7回の講義で提示した会計と他の講義との関係はほんの一例に過ぎません。また、各大学で提示されている関係もあくまで一例だと思ってください。むしろ自ら大学が提示したくくりを越えた関係を見いだして、なにかを見つけ出せるような学生になって欲しいと思っています。
これらの目論見が成功したかどうかはここに来てもらった読者の皆様の評価に任せるしかありませんが、ビジネスを知る手段の一つとして会計を(も)学んだら面白そうと思ってもらえれば、この講義は成功だと思います。