柳田 卓爾

  • Takuji Yanagida
    昭和44年、大阪にて生まれる。一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得後退学。現在は、山口大学経済学部助教授。専攻は、企業経済学(Business Economics)、経営戦略論(Strategy)。

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おわりに ―これまでの議論を振り返る―

素朴な疑問

 これまで6回にわたって(紹介文を含めると7回)、経営戦略について、お話をしてきました。その際、日常生活に見られる「素朴な疑問」、「素朴な観察」を出発点として、議論を始めてきました。どんな疑問を出発点にしてきたのか、少し復習してみましょう。

■ 紹介文
「MDを取り替える手間隙を我慢しているユーザーが、ipodの潜在顧客かもしれない・・・。」
■ 第1回
「どうして山口に、松屋が出店してきたのだろう?」
■ 第2回
「バナナチップスが、スナック菓子コーナーではなくて、果物コーナーに陳列してあるのはなぜだろう?」
■ 第3回
「ステーショナリーも、ラーメンも、インプットの組み合わせからできている。組み合わせが異なれば、異なった製品・サービス(アウトプット)が産み出される。」
■ 第4回
「山口に最近増えつつある、ちょっとお洒落なカフェは、やっていけるのだろうか?」
■ 第5回
「同じ内容のTV番組を、繰り返し流しているのは、どうしてなのだろう?」
■ 第6回
「小さな学習塾では、業務のほとんどを一人の塾長が担当していた。しかし、大きな予備校では、教える仕事と事務的な仕事の分業がなされていた。この違いを生み出している要因は、何なのだろう?」

 高校生のみなさんにも、イメージが湧くような、身近な現象を取り上げたつもりです。これらをあらためて眺めてみると、みなさんにもできそうな気がしてきませんか?

ひとつの枠組みで現実をみる

 これらの問いや観察に対して、この連載では、「ひとつの枠組み」を用いて理解することを試みてきました。どのような枠組みを用いてきたのか、確認してみましょう。繰り返しになりますが、「素朴な疑問や観察」も併記しておきます。

■ 紹介文
「MDを取り替える手間隙を我慢しているユーザーが、ipodの潜在顧客かもしれない・・・。」
「市場セグメンテーションとターゲット市場の選択」という枠組みを想定していた。紹介文であったので、詳細の説明は行わなかったので、参考文献を手がかりに、読者ご自身で考えてみて下さい。

■ 第1回
「どうして山口に、松屋が出店してきたのだろう?」
「戦略の定義」、すなわち「戦略とは、直面している環境を制約条件として、目標を達成するために最も適した作戦のことである」という枠組みを用いて、山口出店という企業戦略を理解しようと試みました。

■ 第2回
「バナナチップスが、スナック菓子コーナーではなくて、果物コーナーに陳列してあるのはなぜだろう?」
「ドメイン」(商品の定義)に関する議論、すなわち「自社の事業(商品)とは何か?という問いに対する答えには、製品中心に行うものと、顧客中心に行うものとがある」という枠組みを用いて、商品の陳列が持っている意味や意図について考えました。

■ 第3回
「ステーショナリーも、ラーメンも、インプットの組み合わせからできている。組み合わせが異なれば、異なった製品・サービス(アウトプット)が産み出される。」
「アイデア、すなわちインプットの新しい組み合わせに関する知識が、新しい価値を生む」という枠組みを用いて、ラーメン・スタジアムには市場競争の本質が見られるという点について議論しました。

■ 第4回
「山口に最近増えつつある、ちょっとお洒落なカフェは、やっていけるのだろうか?」
「違いを作り出すための3つの競争戦略」という枠組みを用いて、カフェが採っている競争戦略がどれに相当しているのかを検討しました。

■ 第5回
「同じ内容のTV番組を、繰り返し流しているのは、どうしてなのだろう?」
「シナジーの源泉」、すなわち「未利用資源の代表選手は、副産物、遊休資源、情報的資源である」という枠組みを用いて、CDボックス販売という戦略の経済合理性について考えました。

■ 第6回
「小さな学習塾では、業務のほとんどを一人の塾長が担当していた。しかし、大きな予備校では、教える仕事と事務的な仕事の分業がなされていた。この違いを生み出している要因は、何なのだろう?」
「組織構造」、すなわち「組織の代表選手は、機能別組織と事業部制組織である」という枠組みを用いて、小さな学習塾と大きな予備校との違いについて、理解しようと努めました。

 「枠組み」とは、ひとつの概念と、その種類を表す複数の概念のセットのことです。概念という言葉が難しければ、ひとまずは、名前だと理解しておいて下さい。名前とは、お互いを区別するために用いる記号のことです。
 次の3つの文章の下線部分が、枠組みを説明している部分です。複数ある概念のうち、現実と対応している概念はどれか?現実をどの名前で呼ぶと、最もぴったりくるか?この問いに答えることを、「現実をみる」と表現してきました。ポイントは、複数ある概念(例えば、機能別組織と事業部制組織)は、実は、それよりも大きな概念(例えば、組織構造)を詳しく説明したもの、種類を示すものであるという点です。読み取ってもらえるでしょうか?文章をよく読んで、復習して下さい。また、3つ以外のケースについては、読者ご自身で考えてみて下さい。

ドメインの定義(商品の定義)の仕方には、製品中心と顧客中心の2つある。では、果物コーナーにおいてあるバナナチップスは、どちらの定義を用いているのだろうか?」

競争戦略には、コスト・リーダーシップ戦略、差別化戦略、集中戦略の3つある。では、ちょっとお洒落なカフェは、どの戦略をとっているのだろうか?」

あるいは、
組織構造には、機能別組織と事業部制組織の2つある。では、小さな学習塾は、どちらの組織構造を持っているのだろうか?」
 「枠組み」とは、概念同士の関係を意味する場合もあります(第1回、第3回)。第1回では、「戦略」、「目標」、「環境」という3つの概念の間の関係のことを、「枠組み」と呼んでいました。第3回では、「アイデア(すなわちインプットの組合せに関する知識)」と「価値」という2つの概念の間の関係のことを、「枠組み」と呼んでいました。ぜひもう一度、該当箇所を読んで、復習してみて下さい。

学ぶということ

 この連載は、高校生を主な対象として書いています。もちろん、教科書に書かれていることや先生が話すことを、正しく理解することは、とても重要なことです。その一方で、日常生活の中で、自分が疑問に思ったことや、どーしても気になる現象に出くわしたときに、「どうしてなんだろう、なぜなんだろう?」、「それを問いかけることが、なぜ意味があるのだろう?」と問いかけること、問いかけ続けることが、非常に大切です。また、「どんな仕掛けが、その現象の背後で動いているのだろう?」、「そうなる理由は、何なのだろう?」と考えることも、同じくらい大切なことです。更に進めて、自分が考えた理由が、本当に正しいのかどうか、その根拠を探すために、東奔西走することも忘れてはいけません。これら全部を実行して初めて、「勉強した!」と、胸を張って堂々と言えるのだと思います。これがなかなか難しいんですよ、ほんとに。書いている自分も、正直、完璧にできたことなど、何度あるのだろう?という感じです。
 これら全てを、限られた紙面の中で行うことは、なかなか困難です。僕がお話しできたことは、ほんの一部分に過ぎず、ほとんどは読者の皆さんへの宿題ということになってしまっていると思います。しかし、学ぶことが、まだまだ残っている、ということにワクワクしませんか?ワクワクした!という人は、早速、今から始めましょう。今日の晩御飯のおかず。自分のカバンに入っている教科書や筆記用具。いつも読んでいるマンガ。ゲーム機。「素朴な疑問」を感じることのできる現象は、身の回りにたくさんあります。また、それらの疑問を、今回の連載で学んだ「枠組み」を用いて理解できないか、考えてみて下さい。

「なるほど、そうだったのか!」、「この現象は、あの枠組みにぴったりだ!」。このときの、「なるほど!」という感心、「あ~、そういうことだったのか!!」という納得感。もやもやした感覚が、一気に解きほぐされていく感覚というのでしょうか。これこそが、勉強することの醍醐味だと、僕は信じます。納得したときの爽快感は、なかなかのものですよ。

 7回という限られた連載でしたが、最後まで読んで下さった読者の方々、ほんとうにありがとうございました。今度は大学で、お会いしましょう。

それでは、さようなら。

戦略と組織 ―戦略を実行する組織とは?―

いろいろな学校
 入試のシーズンが近くなると、予備校に通っていた頃のことを、たまに思い出します。僕にとっての予備校のイメージは、きれいで、大きくて、エレベーターがある学校というものでした。僕の通っていた高校がきたなかったというわけでは、「決して」ありません!ただ、かなり古い校舎でして、電気や水道の配線、配管らしきものもむき出しでしたし、廊下を歩くとミシミシと音が鳴りましたし、なかなか貫禄のある校舎でしたから。だからこそ、予備校はどこか、日常とは別世界というか、フワフワした感覚に陥ってしまう場所でした。そうして、もうひとつ、何よりも印象的だったのは、先生以外の人たちがいるということでした。いわゆる、事務の方々ですね。
 もちろん、高校にも、事務の方はおられました。でも、あまり関わることがなかったように記憶しています。その一方で、予備校では、授業料を支払ったり、テキストを受け取ったりと、事務の方とのやり取りが、相対的に多かったように思います。それに、何よりも、事務の方には、自分専用のデスクがあるのに、先生にはそれがなかった。講師控室はありましたが、机は適当に、空いている所を使われていたようです。高校の職員室とは、かなり趣きが違いましたね。
 しかし、いずれにしても、学校(予備校を含む)という組織には、生徒・学生を除くと、教員(先生)と事務の方々という、2つの役割を持った人びとの集団が働いています。そして、彼らの間には、仕事の分担があります。教員は「教えるという仕事」、事務員は「事務的な仕事」を、主に担当しています。学校という組織を運営していくためには、どちらの仕事も欠かすことはできません。(もちろん、掃除、守衛、エレベーターのメンテナンス等、学校組織の運営のための仕事は、たくさんあります。しかし、話を簡潔に行うために、教員と事務員の仕事に焦点を絞ってお話をすることにします。) 学校組織において行われているように、その運営に必要な複数の仕事(学校の場合は、教育と事務という2つの仕事)を、異なった人たちが担当することを分業と言います。
 しかし、仕事を分担しているからといって、それぞれが勝手気ままに行っているというわけではありません。同じ組織に属しているわけですから、協力して、仕事を進めていることは、その通りでしょう。各々が専門的な仕事を、分担していると同時に、お互いに協力しているという2面性を、組織は持っています。分担という側面と、協力という側面を持っているわけです。このような2面性を持った仕事の進め方のことを、協働といいます。協働という仕事の進め方は、何も学校に限ったことではなく、組織全般に見られるものだと考えられます。
 その一方で、小さな学習塾の場合には、仕事の分担を行っていないケースが見られます。僕の知っている学習塾の場合、確かに、アルバイトの先生を数名、雇っていたことはそうでした。しかし、いわゆるオーナーと言いますか、社長と言いますか、塾長と言いますか、その方は、生徒に教え、月謝を受け取り、保護者と面談し、塾の看板のデザインを作成し・注文し、教室の間仕切りの打ち合わせ、机、椅子、黒板、コピー機等の、必要な備品の購入を含め、その他諸々の仕事を自ら行っていました。教えるという仕事の一部を分業していたけれども、教える仕事も事務的な仕事も、そのほとんど全てを、その方が一人で担当していました。
 教育サービスを提供していると考えると、同じ事業を行っている企業なんだけれども、2つの学校は、何か雰囲気が違っていた。もちろん、規模が違うのは、その通りです。一方には数百人規模の生徒がいましたが、他方は数十人くらいでしたから。しかし、それだけではないような気がする。予備校に通っていたのも、小さな学習塾に立ち寄っていたのも、僕が大学に入学する以前の古い話なので、もちろん、経営学なんて知らなかった頃のことです。
 経験した当時は、さほど不思議とも思わなかったのだけれども、後から振り返ってみると、変だなと思ったり、疑問が沸いてきたりしたことはありませんか? 実は、今回のケースが、僕にとってはそうでした。当時は、大きさ以外に、違いなんて考えもしていなかったと思います。ただ、なんとなく、違っている感があったくらいでした。しかし、経営学の勉強を進めている今となっては、「あの違いに着目することには、意味があるんだな」と思えます。予備校は、機能別組織と呼ぶことのできる組織でしょう。機能別組織とは、ひとつの製品・サービスを提供するために必要である複数の仕事を、全てを一人で担当するのではなくて、複数の人たちで、機能ごとに(役割ごとに)分担している組織のことです。予備校の場合は、教育サービスを提供するために、「教える仕事」と「事務的な仕事」の2つが必要であるという理解になります。一方の小さな学習塾は、そのような組織構造を持ってはいなかった。必要な2つの仕事を、一人が担当している。同じ教育サービスを提供している企業であったとしても、異なった組織構造をとって企業活動を行っている場合がある。このような観点から、今となっては、2つの学校を眺めることができるようになりました。

組織構造 ―機能別組織と事業部制組織―
 小さな学習塾、予備校や高校に加えて、そこに大学を並べてみると、更に興味深いことに気付きます。原則として、高校までは、いわゆる全ての科目を、ひとつの場所で教えてくれていたと思います。国語、算数、理科、社会、・・・。英語、数学、現代文、古文、漢文、世界史、日本史、地理、物理、化学、生物、地学、・・・。小学校までは、ほとんどの科目をひとりの担任の先生が教えてくれていましたし、中学、高校は、科目ごとに先生は違っていたけれども、生徒のいる教室に先生が来て、教えてもらっていました(もちろん、多少の教室移動はあったでしょうが)。
 大学が、高校までと異なっていることのひとつは、学生の方が、必要な講義が行われている教室まで出向かなければならないという点でしょう。教室のある校舎が、そもそも全く別の場所にあるということもあります。大学は、専門分野ごとに「学部」に分かれており、それぞれの学部が、別々の校舎を持っていることも珍しくありません。私の勤める大学には、人文、教育、経済、農、理、工、医という7つの学部があります。話を分かりやすくするために、大学の行っている研究活動を除いて考えると、例えば、経済学部では、経済に関する教育サービスを提供しており、医学部では、医学に関する教育サービスを提供しています。つまり、学生が受ける教育サービスの内容(つまりは専門分野)に応じて、仕事の分担をしているのが大学だ、と考えることができそうです。そうして、専門教育を担当している「学部」は、あたかもひとつの大学のような役割を果たしています。大学は、専門分野の教育サービスを提供する「小さな大学」の集まりであると考えることができます。このように、提供されるサービス(製品)の違いに応じて、仕事を分担している組織を、事業部制組織と呼びます。更に言えば、その「学部」の中では、「教える仕事」と「事務的な仕事」の分担がなされています。ここでは、事業部=学部と理解していますが、その学部は機能別組織によって組織されていることになります。(一般的には、大学を事業部制組織と呼ぶことは、ほとんどないように思われます。しかし、今回の連載は、高校生を読者として想定しています。彼らの多くが身近に感じることのできる組織と言えば、学校であると思われます。そこで、基本的な考え方をお話しすることに重点を置いて、学校を事例として取り上げています。なお、議論の本質という点から言えば、学部を機能別組織、大学全体を事業部制組織と見なすことは、間違ってはいないように思われます。)

組織と戦略 ―戦略の階層―
 機能別組織とは、サービスや製品を提供するために必要な複数の仕事を、それぞれ別の人たちの集団が担当している。それらの集団は、部門と呼ばれ、製造、販売、研究開発、人事、等々、同じ役割や機能を持った仕事を担当している。事業部制組織とは、提供するサービスや製品の性質の違いに応じて、仕事の分担を行っている。同じ、あるいは類似の性質を持った製品やサービスは、ひとつの事業部が製造から販売までを担当している。そして、ひとつの事業部は、機能別に組織化されている。これまでの議論を簡潔にまとめると、このようになるでしょうか。
 組織の規模が小さい時には、小さな学習塾の場合のように、全てを一人で取り仕切ることも可能だったかもしれません。しかし、高校や予備校くらいに大きくなると、教える片手間に事務的な仕事を行うというわけにはいかなくなります。そこで、仕事を分担して行うようになります。機能別組織ですね。更に、提供する製品やサービスが多様になり、それに伴って規模も大きくなると、機能別組織でもうまくいかなくなることがあります。そこで、提供する製品・サービスごとに、仕事を分担して行うようになります。事業部制組織ですね。ひとつひとつの事業部は、それ自体でも、かなり大きい組織であることがしばしばです。そのためか、事業部そのものは、機能別組織をとっていることが多いようです。
 どうしてこのように、組織のお話をしてきたかと言いますと、「戦略の階層」という概念を説明したかったからです。戦略には、3つの階層があります。全社戦略、事業戦略(競争戦略)、機能分野別戦略の3つです。全社戦略とは、企業全体に関わる戦略を扱います。会社として、どの領域にコミットしていくか、複数ある事業の中の、どの事業に重点を置いて経営を行っていくか、等々に関わるものです。企業の進むべき、また、成長の方向性と深く関連する戦略でしょう。事業戦略は、競争戦略とも呼ばれるもので、事業部の全社戦略、とでも言いましょうか。事業部は、原則として、同じ性質を持った製品やサービスを製造・販売している単位ですので、同じ製品・サービスを製造・販売している他企業の事業部と競争しています。ですから、市場競争の中で、いかにして収益を上げていくか、という点が、最大の関心事となります。機能分野別戦略とは、製造部門、販売部門、人事部門、等々の、いわゆる部門が策定する戦略と考えられるでしょう。
 つまり、企業が採用している組織構造の下で、各々のレベルにおいて戦略が存在し得る、ということです。戦略の構成要素のところでの議論は、戦略には4つの内容があるということをお話しました。ドメイン、経営資源、競争優位性、シナジーです。戦略の議論を進めていく場合には、これら4つのうち、「どの要素」のことを戦略と呼んで議論しているのか、を常に注意しておく必要があるでしょう。また、今回のお話では、戦略には3つのレベルがあるということを説明しました。全社戦略、事業戦略、機能分野別戦略です。戦略の議論を行っていく場合には、これら3つのうち、「どの階層」のことを戦略と呼んで議論しているのか、を常に意識しておかなければならないでしょう。

おわりに
 ひとつの知識は、それだけで独立しているとは限りません。むしろ、他の知識と「セット」で理解して、初めて分かったことになるというケースも、少なくないように思われます。今回の「戦略の階層」に関する知識は、まさに、このケースに相当します。戦略に3つの階層があるということを、本当に理解するためには、企業の組織構造のタイプには、どのようなものがあるのか、ということを学んでいなければなりません。企業には、本社だけではなくて、事業部や部門という小さな単位があるのだ。このことが分かって初めて、競争優位性を構築するにはどうすればよいのか、どこに向かってわが社は進んでいくべきなのか、という議論が意味を持ちます。それを知らなければ、その戦略の議論は誰が行うべきであり、誰のためのものなのか、等々が、全くわからないからです。
 知識は、相互関係が大切です。戦略の階層を分かるためには、組織構造の知識が不可欠であるのと同様、経営学を分かるためには、経済学のサポートが役に立つ場合もあるでしょうし、逆もまた真なり、です。また、戦略論の理解のためには、マーケティングの知識が有効かもしれません。今回の連載の中でも、各回の議論の相互関係を、しっかりと考えて欲しいですし、7つのそれぞれの連載の間の、相互関係についても、考える時間をとって欲しい。そう考えています。

それでは、また次回…。
(最終回は4月13日更新予定)

参考にした文献
Sosiki








桑田耕太郎・田尾雅夫『組織論』有斐閣アルマ、1998。


Kanri









塩次喜代明・高橋伸夫・小林敏男『経営管理』有斐閣アルマ、1999。

シナジー ―複数の事業を管理する―

シナジーをイメージする
 新しい土地での生活を始めると、幾つかの「驚き」に出会うことがしばしばあります。僕も、山口で生活をするようになってから、驚くことが多々あったのですが、なかでもTVには、意外な驚きがありました。地方出身の友人からは、いなかのTVはNHKと民放2局くらいしかないと聞いていましたし、僕のいなか(いわゆる、おじいちゃん、おばあちゃんの住んでいるところ)も、そうでしたから。しかし、ここ山口では、20チャンネルくらい映ります。
 種明かしのひとつは、福岡の放送が入るということです。そのため、1チャンネルから12チャンネルのうち、4以外は、全部、映ります。もちろん、全てが別番組というわけではなく、幾つかは、同じ番組を放送しているということはありますが・・・。
 もうひとつの種明かしは、ケーブルTVです。山口市は、山に囲まれた盆地のせいか、テレビの映りがとても悪いそうです。そのためか、ケーブルTVの普及率が高く、多くの世帯で見ることができます。賃貸なんかの場合も、大家さんの方で、引いてくれている場合が多いみたいです。東京に住んでいたころは、ケーブルTVなんか見たことなかったので、なかなかマイナーな(ごめんなさい!)番組が多く放送されていて、結構、楽しんでいます。
 なかでも、僕の心を離さないのが、「音楽のある風景」という番組です。この番組は、BS放送で、それがケーブルTVで流れているようです。どんな番組かと言いますと、ちょっと昔の、僕がしばしば見るのは1980年代にヒットした曲を10数秒くらいでしょうか、当時の懐かしの映像と一緒に流すというものです。30分番組で、20曲前後くらいかな。カウントダウンTVって番組がありますよね。あれの懐かしの歌+懐かしの映像バージョンとでも言いましょうか・・・。懐メロ番組を見ている両親を見ながら、「なんでこんなつまらん番組を見ているんやろ?」と思っていた子供の頃を思い出すと、自分がそうなってしまっている現状は、どこか複雑な思いではあります。
 しかし、懐かしんでばかりいないのが、我々、研究者の悲しいところです。この番組、映像や曲の小さな変更はあるのですが、半年、一年以上も、同じものが毎週、流れていることに、ある時、気付いたのです。そしてもうひとつ、番組の終わりに、「今日、お聴きになった曲のすべてが収録されたCD6枚組みが、セットで●●円でお買い求めいただけます」といったような宣伝が流れていることを、意識するようになりました。どうやら、ただの懐メロ番組ではなさそうだな、と。
 CDの宣伝が番組の終わりに流れていることは知ってはいたのですが、懐かしさに浸っているときには、そんなに強く意識することもなく、「あ~、売ってるんだ」くらいにしか思わなかったものです。しかし、「同じ番組を、繰り返し流しているのは、どうしてなんだろう?」という素朴な疑問が沸いてしまい、注意深く番組を見るようになると、これまでは強く意識しなかった部分に注目するようになりました。そうして、今では、「懐メロ番組」というよりも、「CD販売のための宣伝番組」という側面を、強く意識してしまうようになっているのです。これは、第2回の話題の、応用問題ですよね。この番組が、本当に提供しているサービスは何なのか?しかし、今回は、別の側面に、僕の関心はあります。
 この番組で流れている曲は、もともとは、単独のシングルとして、あるいはアルバムとして販売されていたものでしょう。CDで販売されていたのが大半と思われますが、なかには、戦後間もない頃の曲も流れています。つまり、世に出た時には、単独のCDで、あるいはレコード等で販売することを想定していた曲であって、この番組で流すことを、そして、6枚セットのCDボックスとして販売することを想定していた曲ではなかっただろう、という点です。ではなぜ、当初は想定していなかったような形態での販売を、レコード会社は考えたのでしょうか?あるいは、次のような疑問が沸いてくるかもしれません。昔の曲を販売するのではなくて、どうして、新曲をもっともっと、製作することをしないのだろうか?
 もちろん、これらの疑問に対する答えは、簡単ではありません。しかし、今回のテーマである「シナジー」という考え方を用いると、これらの疑問に対して、ひとつの答えを提出することができます。シナジーとは、複数の活動をまとめて行うと、それぞれの活動を単独で行うよりも、高い効果が得られることを指した概念です。相乗効果と、訳される場合が多いようです。結論から述べると、「レコード会社は、シナジーを期待して、CDボックスの販売に至った」、という説明になります。
 今回のケースでは、シナジーをもたらした要因は、情報的資源にあります。「曲」というソフトウエアが、情報的資源に相当しています。曲というソフトウエアを、仮に、音楽ソフトA、Bと呼んでおきましょう。
 まずはじめに、通常のCD等を通じて音楽ソフトを販売していく事業と、CDボックスという、いわばオムニバス式のCDを通じて音楽ソフトを販売していく事業とを、それぞれ別々に、単独で行った場合を考えて見ましょう。その様子を、図表1に、簡単にまとめてあります。丸で囲んである部分は音楽ソフト、四角で囲んである部分は、その音楽ソフトを顧客に運ぶための媒体を、それぞれ示していると考えて下さい。2つの事業を別々に行うということの意味は、ひとつは、音楽ソフトA、Bは、両方とも新譜であるということで、もうひとつは、媒体も、それぞれコストをかけて製造しなければならないということです。ハード面も、ソフト面も、別々にお金をかけて製造、製作しなければならないことになります。

図表1 2つの事業を、単独で行った場合
Zuhyou1

 通常のCD等を通じて音楽ソフトを販売していく事業と、CDボックスという、いわばオムニバス式のCDを通じて音楽ソフトを販売していく事業とを、まとめて行った場合には、状況が異なってきます。その様子は、図表2にまとめてあります。今回のケースでは、既にヒットした曲=音楽ソフトAを、レコード会社が所有しています。そのため、新しくCDボックスという、いわばオムニバス式のCDを通じて音楽ソフトを販売していく事業を始める際には、このソフトAを利用することができます。別々に事業を行うのであれば、音楽ソフトBを、新しく製作しなければなりません。新しく製作するということは、追加的にコストがかかるということです。この「音楽ソフトB」を新しく製作するコストを、節約することができるという点が、複数の活動をまとめて行うことのメリットです。このメリットのことを、「シナジー」と呼ぶのです。
 もちろん、細かい点まで議論すれば、ここまで単純ではありません。例えば、「音楽のある風景」で販売されているCDボックスは、複数のレコード会社の曲が収録されています。そのために、販売元のレコード会社は、他のレコード会社の曲を収録するために、対価を支払っているでしょう。そのため、全くのコスト・ゼロで、音楽ソフトAを利用できているというわけではなさそうです。しかし、ヒットする曲を、新しく製作するよりも低い価格で調達することができるのであれば、シナジー効果を期待することができます。図表で言えば、音楽ソフトAを利用するコストの方が、新しく音楽ソフトBを製作するコストよりも低いならば、シナジー効果が得られる、ということになります。いずれにしても、既に所有している情報的資源を、効率的に活用することが、シナジーを得るための鍵になります。

図表2 2つの事業を、まとめて行った場合
Zuhyou2_2 シナジーをもたらす要因
 シナジーは、企業経営の世界にだけ、見られるというわけではありません。私たちの生活の中にも、見ることができます。サンドイッチを作る時、皆さんは、余った「パンの耳」をどうしますか?捨てちゃいますか?油で揚げて、お砂糖をまぶしておやつにしたりしませんか?実は、これもシナジー効果と言えるでしょう。サンドイッチを作る過程で生じたパンの耳という副産物。もし、サンドイッチとこのおやつとを、別々に作ろうとしたら、パンの耳を別に、買ってこないといけません。しかし、サンドイッチを作ったついでに、まとめて作るならば、サンドイッチだけを作る場合には捨てていたであろうパンの耳を、有効に利用することができます。パンの耳の購入にかかる費用を、節約できるわけです。サンドイッチとパン耳のおやつを、別々に作るよりも、一緒に作ったほうが安く作れるという意味で、シナジー効果があると言えます。
 また、近年、駅の構内に、飲食店やらコンビニやら、たくさんの店舗が出店しています。僕の記憶では、自分が小学生くらいの頃でしょうか、駅の構内にはKioskと立ち食いの蕎麦屋さんくらいしかなかったように記憶しています。しかし、10年前くらいでしょうか(正確なところは、記憶があいまいですが・・・)、大阪の阪急梅田駅構内に、551の蓬莱(豚まんを売ってます)とか、らぽっぽ(おいものパイを売ってます)とかのお店が、できてたんですよね。また、東京駅構内なんかを思い浮かべてみると、コンビニや本屋さんはもちろんのこと、カフェ、ネクタイ屋さん、パスタ屋さん、ハンバーガーショップ、お土産屋さん、ミニライブなんかができるスペース、等々。これでもか!というくらいに店舗があります。
 これらの店舗ができる前は、ここは何だったのだろう?変わってしまった後になると、「ここって、昔なんだったっけ?」と、なかなか思い出せないのは世の常です。おそらくは、倉庫であったり、事務所であったり、何も使っていない空間だったりしたのだろうと推測できます。それが、何らかの理由で、倉庫として、あるいは事務所としては利用しなくなった。一時的に、これらの空間が休眠状態になったと考えられます。所有しているのに、利用していない状態ですね。遊休資源と呼んだりもします。遊休資源としての空間を有効に活用すれば、効率的に店舗を経営できます。鉄道事業と販売事業とを、別々に経営すれば、販売事業のための土地や建物を、新たに購入したり、建設したりするコストがかかります。しかし、これら2つの事業をまとめて経営すれば、鉄道事業では利用しなくなった空間を、効率的に活用することができます。これも、シナジー効果ということができます。副産物、遊休資源、情報的資源は、シナジーをもたらす主要な要因と考えることができます。

おわりに
 シナジー効果を発揮するには、情報的資源、副産物、遊休資源を効率的に活用することが、ひとつの鍵になります。これら3つは、未利用資源であるという、共通の特徴があります。企業内に、利用されずに留まっている資源という意味です。しかし、未利用資源を活用し、複数の事業をまとめて行ったからといって、いつでもシナジー効果が得られるとは限りません。例えば、複数の活動をまとめて行おうとすると、管理が複雑になります。そのため、未利用資源を活用したことによって節約されたコスト分を上回るだけの、管理コストがかかってしまう場合もあります。そのような場合には、むしろ、特定の活動に集中した方が、企業経営には効果的でしょう。事業活動を選択し、集中した方が良いケースです。
 また、複数の活動をまとめて行えば、その企業の知名度がアップし、業績が良くなるという場合も、シナジーと言えるでしょう。シナジーを得られるケースは、未利用資源を活用する以外にも、幾つかあることはもちろんです。ここは、読者の皆さんへの宿題にしておきたいと思います。
 たったひとつの製品やサービスを提供している企業がある一方で、たくさんの製品やサービスを提供している企業もあります。また、思いもかけない事業に進出したり、事業提携をしたり、合併や買収を行ったりする企業もあります。これらの企業行動を理解するためのひとつの視点として、シナジーを考えることは有効です。放送局を欲しがるIT企業があるのは、なぜなのだろうか?球団を持とうとしたのは、どうしてなのだろうか?業績の良い企業の全てが、球団を欲しがらないのはなぜなのか?
 わが街には、タクシー会社が美術館や葬儀屋を経営していたり、パソコンショップが食堂をやっていたりします。皆さんの住んでいる街にも、意外な事業を、まとめてやっているところはないでしょうか?そんな企業を、まずはひとつ、見つけてみて下さい。そして、どんなシナジーを期待しているのだろう?あるいは、シナジー以外の理由がないだろうか?と、考えをめぐらせてみてください。これらの作業は、大学での勉強の第一歩にもなります。このような思考の癖を、のんびりと、しかし、確実に、身に付けていって欲しいと思います。

それでは、また次回…。
(次回は2006年2月13日更新予定)

参考にした文献
青木昌彦・伊丹敬之『企業の経済学』岩波書店、1985

競争優位性 ―競争相手との「違い」をつくる―

お店の「違い」
 まだまだ暑い日が続きますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか?山口は、朝晩はとても冷え込みますが、日中は、かなりの暑さを感じます。ポロシャツ一枚で、大丈夫なくらいでしょうか。肌寒いかな?と感じる瞬間が、ほんの少しだけですが、出てくるようになってきているので、この原稿がアップされている頃には、気持ちの良い秋を満喫できているのではないかと期待しております。
 秋と言えば、食欲の秋、読書の秋。最近の高校生の皆さんにとっても、やはり秋は、そうなのでしょうか?僕の場合、四季に関わらずに、コーヒーとか紅茶とかが飲めるお店で、いわゆる喫茶店というやつですね、本を読んでいる時間が、「生きてるなぁ~」と実感できるんです。特に秋は、暑くもなく寒くもなく、お店まで歩いていくのも気持ちがいいものです。嬉しいことに、ここ山口にも、喫茶店、というよりも、ちょっとお洒落なカフェが、ここ数年、増えてきました。数年前に、首都圏等でカフェ・ブームがあったようですが、やはりここは地方都市なので、そのような流行がやってくるのには、タイム・ラグがあります。
 先日、新しいお店を見つけたのですが、オープンキッチンで、かなり大きな窓が壁にはまっているためか、店内がとても明るいです。ガラスのテーブル、小洒落たイス、食器にも統一感があって、トイレまで立派です。なかなか、山口ではお目にかからないタイプのお店だったので、いつものように素朴な疑問が沸いてきてしまいました。「ここまで、山口の他のお店と違っていて、うまいことやっていけるのかなぁ?」
 というのも、山口にある喫茶店は、昔ながらの喫茶店が多いのです。ログハウス調の重厚な感じのお店とか、丸い大きな木のテーブルに、革張りの椅子、サイフォン式っていうのでしょうか、コトコトとコーヒーを入れてくれるところとか・・・。今の高校生の皆さんは、なかなか見たことのないタイプかもしれませんが、僕なんかから見ると、「昔ながらの、いわゆる喫茶店」です。近所のおっちゃんが新聞を飲みながらコーヒーを飲み、おばさま達が、井戸端会議をしている。店内は白熱灯で、少し暗く、柱時計が時刻を打つ・・・。文章力のないのが悔やまれますが。
 どちらのお店も、コーヒーが飲めて、食事をすることができます。ランチなんかも、あります。どちらも「喫茶店」という業態に分類できるのでしょう。しかし、同じ業態であるにも関わらず、私たち、お客の立場から見ると、全く違ったお店に見えている。呼び方も違っていて、前者は、今風に「カフェ」、後者は、昔ながらに「さてん(茶店)」と呼ばれているように思います。個人的な感想を言うと、前者のお店は、開放感があり、若々しい。後者のお店は、重厚感と親しみ易さを兼ね備えており、とても「ええ感じ」を出している。
 同じ製品やサービスを売っていたとしても、全く異なったイメージの企業あるいはお店だなぁ、と思った経験を、皆さんも持っているかもしれません。モスバーガーは、少し高級で健康志向というイメージを顧客が抱く企業かもしれません。また、KDDI(au)は製品デザインの先進性という点で他社との違いをアピールしている企業かもしれません。競争相手との間に「違い」を作り出すことを通じて、企業は市場競争を生き残っていこうと努力しています。このように、同一業界の中で、顧客が「この企業は特別だ!」と思ってくれるようなものを生み出そうとする戦略のことを、差別化戦略といいます。喫茶店のケースで考えると、山口という限定された市場の中で、これまで山口にあった喫茶店とは全く違ったタイプで出店した喫茶店(カフェ・レストランといった方がいいかもしれません)は、差別化戦略を採用していると考えることができます。

「違い」の作り方、いろいろ
 そう言えば、僕が大学1年生だったころでしょうか。先輩に連れられて、初めてドトール・コーヒーに行ったことを思い出しました。サークルか何かの役職の、引継ぎの仕事の時だったように記憶しています。当時の自分は、コーヒーを飲むという習慣がなかったので、喫茶店にはほとんど行ったことがありませんでした。そのため、他のお店との違いに注意を払うということも、もちろんなく、随分こざっぱりとしたお店を知っている先輩なんだなぁという感想を持ったくらいでした。
 「この店は、安くて美味しいから。」
実は、先輩のこの言葉の裏に、今日のお話の2つめの話題が隠れていました。当時のドトール・コーヒーは、最もベーシックなブレンドコーヒーが一杯150円だったと思います。いわゆる喫茶店と呼ばれるところでのコーヒーが、一杯3~400円くらいだったことを考えると、かなり低い価格付けでした。しかも、美味しい。諸々の企業努力の結果、業界平均から比べて、かなり低い費用で一杯のコーヒーが提供できるようになっていたのだと思われます。このように、同一の業界内で、同じ製品・サービスなら、一番安いコストで生産することができるようになることを目指している戦略のことを、コスト・リーダーシップ戦略といいます。衣料品業界におけるユニクロ、ハンバーガー業界におけるマクドナルドは、コスト・リーダーシップ戦略を採用して成功した事例だったと言えるかもしれません。差別化戦略が「顧客に提供する価値」に違いを生み出そうとしている戦略だと考えるならば、コスト・リーダーシップ戦略は「コスト」に違いを生み出そうとしている戦略であると言えます。いずれも、競争相手との間に何らかの「違い」を生み出すことを通じて、企業活動を行っていこうとしています。
 差別化戦略とコスト・リーダーシップ戦略は、原則として、市場全体をターゲットにした戦略と考えられています。それに対して、限られた顧客のみに、自社の製品やサービスを提供しようとする戦略もあります。あるいは、特定の製品等にのみ特化する戦略もあります。このような戦略を、集中戦略といいます。全てをカバーしている企業に対して、特定の領域に集中しているという「違い」を生み出そうとしている戦略だと言えるでしょう。これら3つの戦略は、市場競争を勝ち抜いていくための戦略という意味をこめて、競争戦略と呼びます。

補足) モスバーガーやKDDIは、全国の顧客をターゲットにしていると思われるので、差別化戦略と考えて良いでしょう。一方、今回話題の中心にした、新しくできたカフェ(A店としておきます)は、小さなお店です。おそらくは、山口のみ、しかも出店している地域のみをターゲットにしていると思われます。そのため、上記の説明では、集中戦略なのではないか?という疑問が沸いてきます。もっともな疑問です。もう少し厳密に用語を用いるとするならば、ターゲットが限られており、かつ、「顧客に提供する価値」が既存の喫茶店とは異なっているので、差別化集中戦略と呼ぶことができるでしょう。この連載では、なるべく身近な事例を用いて、専門用語を解説することを心掛けているつもりです。高校生の皆さんがターゲットですので、強いて、上記のような厳密な区別を後回しにして、説明をしました。「差別化」という概念を、身近なお店を想像しながらイメージして欲しいという考えから、このような説明を行いました。同様に考えるならば、ドトール・コーヒーは全国の顧客をターゲットにしていると思われるので、コスト・リーダーシップ戦略と考えてよいでしょう。もし、特定の地域だけに出店して、コスト面で最優位であるように努力している企業があるとすれば、その企業はコスト集中戦略を採用していると言えます。詳しくは、下記に挙げた参考文献を読んで欲しいのですが、一般的には、競争の基本戦略としては、差別化戦略、コスト・リーダーシップ戦略、集中戦略の3類型を用いることが多いようです。

「違い」を作り出そうとするのは、なぜだろう?
 同じ業界内にあっても、企業はそれぞれ、他社との間に「違い」を作り出して、市場競争に立ち向かっています。それでは、そもそも企業は、どうして「違い」を作り出そうと努力するのでしょうか?なぜ、他の企業と「同じ」であろうとしないのでしょうか?それは、「違い」を生み出すことが、競争優位性の構築に結び付く場合があるからです。
 競争優位性があるとは、業界の平均利益率よりも高い利益率を得ている状態のことを言います。差別化戦略とは、コストが業界平均と同じ水準であったとしても、顧客が支払ってくれる価格を、業界平均よりも高めようとする戦略であると言い換えることができます。「顧客に提供する価値」の違いが、製品価格の違いとして反映しているわけです。その結果、顧客が高く評価してくれた分に相当する利益が余分に、企業にもたらされることになります。それに対して、コスト・リーダーシップ戦略とは、顧客が支払ってくれる価格が業界平均と同じ水準であったとしても、コスト水準を業界平均よりも低めようとする戦略であると言い換えることができます。その結果、コストの節約分に相当する利益が余分に、企業にもたらされます。集中戦略に関しては、相対的に小さなターゲットに絞ることによって、結果として独占的地位を得ることができ、高い利益を得ることになる場合や、製品を絞ることによって、充分な規模の経済を得ることができ、高い利益を得ることになる場合など、幾つかのケースが考えられるように思われます。
 いずれの競争戦略も、何らかの意味で、「追加的な利益」(あるいは、業界平均よりも高い利益率)を企業にもたらしてくれる場合があります。この「追加的な利益」を得られるような市場でのポジション(地位)を企業が確保しているとき、その企業は競争優位性を持っていると言います。
 もちろん、他社と「同じ」であろうと努力する場合もある、というのが、市場競争の面白いところであり、理解するのが難しいところでもあります。このような行動のことを、同質化行動と呼んだりします。既に説明した3つの競争戦略は、何らかの意味で「違い」を作り出そうとしているという点から考えると、同質的行動に対して差別化行動と呼ぶことができるかもしれません。同質化行動と差別化行動とを組み合わせながら、企業は市場競争を勝ち残ろうとしており、また、競争状況そのものを生み出していっていると言えるでしょう。

おわりに
 街中を注意深く観察しながら歩いていると、新しいお店を発見できます。山口は、都市部ほどではありませんが、ここ6~7年を考えてみても、随分と新しいお店ができています。また、同じ製品やサービスを提供している他のお店を思い浮かべて、比較してみると、様々な「違い」を見付けることができます。もちろん、新しいお店でなくても構いません。老舗であっても、改めて観察してみると、意外な「違い」が目に入ってくるかもしれません。その中には、特に意図のない、偶然の違いもあることを否定はしません。しかし、「違い」の背後には、企業同士の熾烈な競争が隠れていて、何とかそのような市場競争に生き残っていこうと努力している企業の工夫が見え隠れしているように思われます。今回のお話では、そのような企業の工夫を、競争戦略という観点から説明を試みました。企業はただ、漠然と行動をしているのではなくて、少しでも競争上優位なポジションを確保しようと努力しています。皆さんも、色々なお店に足を運んだ時には、どんなポジションをこのお店は確保しようとしているのか、考えてみて下さい。実際に観察したこと、経験したことを手がかりに、物事を考える。このような癖を、大学に入学される前に、少しでも学んでおいて欲しいと思います。

それでは、また次回…。
(次回は12月13日更新予定)

参考にした文献
Kyousou







M.E.ポーター著、土岐坤・中辻萬治・服部照夫訳『新訂 競争の戦略』ダイヤモンド社、1995。

経営資源 ―技術、知識、アイデア―

市場競争の本質
 本屋さんの中を散策していると、整理法とか、手帳で仕事がうまくいくとかいった本が多くなったなぁと思います。僕自身、研究室も自宅もそうですが、かなり散らかっているためか、ついついその手の書物に手を伸ばしてしまいます。最近は、とある本のやり方を真似て、まあまあきれいに整頓されたのではないかと自負しています。
 必要なときに、それがどこにあるのか分からなくってイライラした経験って、ありません?書類を留めたいときにステープル(近頃は、ホッチキスって言わないみたいですね)がないとか、ファイリングしたいのに2穴パンチが見当たらないとか…。だから、ものさしとかハサミとか、ペーパーナイフとか、その類のものは、小さな金属製のバケツの中に全部、まとめて入れて机の上に置いてあります。そうすれば、探す必要がなくなるんで。
 そうすると、これらの道具はまとめて、一緒に僕の視界に入ってくるわけなんですが、「一緒に」視界に入ってくると、ちょっとした想像力が働くことがあります。一見するとどうでもいいようなことに気付きました。これらの文房具のほとんどは、金属とプラスチックを原材料として作られているんだ、ということです。
 例えば、ハサミは、切れる部分がステンレスで、持つ部分がプラスチック(だと思います)です。ステープルだと、持つ部分がプラスチックで、針をセットして打ちつける部分は金属がメインとしてできています。
 金属とプラスチックという同じ原材料を使用していたとしても、その加工の仕方によって、我々にとって全く違ったベネフィットを提供する道具になっているんだということに気付いたわけです。ハサミは紙をふたつに切り分けるけれども、ステープルは2つの紙を束ねてくっつける。見た目も違っていて、我々がハサミとステープルを取り違えることは、まずないですよね。どんな原材料を利用するのか、どれだけの分量を使うのか、どんな方法で加工するのか、等々の知識のことを「技術」と呼びます。技術が異なれば、同じ原材料からでも、異なった製品が生み出されるし、異なった原材料から、同じようなベネフィットを得られる製品を作ることも可能でしょう。企業は、様々な技術を利用することによって、多種多様な製品・サービスを生み出していると言えます。
 多種多様と書いて、ふと思い浮かんだことなんですけど、皆さんは、ラーメンなんか、よく食べられますか? 巷では、ラーメン激戦区が多数あるようで、ほんとに多種多様なラーメン屋さんがあって、どこに入ればいいのか迷うこともしばしばです。仕事で博多に行くことがあるのですが、「ラーメン・スタジアム」というのがあるんですね。全国の有名ラーメン店が、商業施設のひとつのエリアに入っているんですけど、その多様さには驚くばかりでした。やっぱり、博多の方ってラーメン好きなんだ、と。もちろん、ラーメン通の方々には敵わないですけど、上記のステーショナリーで考えたのと同じ考え方で、ちょっと面白い分析ができそうです。
 ラーメンは、麺、スープ、具、という3つの原材料からできていると、思い切って簡略化して考えてみましょう。3つの組み合わせだからといって、同じようなラーメンばかりが生まれてくるわけではないことは明らかです。麺に関してなら、細い麺、平たい麺、縮れ麺、ストレート麺、等々、たくさんの種類があります。スープも、僕が幼い頃は味噌、塩、醤油くらいしかなかったように記憶しているのですが、最近では、とんこつ、とんこつ醤油、等々、あるいは同じとんこつ醤油でも、お店ごとに、ほんとに多様なスープがありますよね。具に関しても、チャーシュー、角煮、たっぷりの野菜、等々。お店の大将は、これらの原材料の中から、どれを組み合わせるかを決めなければなりません。 (縮れ麺、とんこつ醤油、大きいチャーシュー1枚)なのか、(細麺ストレート、醤油、小さいチャーシュー10枚盛)でいくのか…。もちろん、細かく言えば、スープをどんな原材料から作るのか、何処産の肉を使ってチャーシューを作るのか、等々まで決めなければなりません。レシピを作ると言ってもいいかもしれません。どんな旨いラーメンが出来上がってくるのかは、レシピを生み出す大将の「アイデア」に依存しています。ラーメン・スタジアムに出店しているお店同士は、もちろん競争しているんですけど、実はこの「大将のアイデア」をめぐって競争しているんですね。どの大将のアイデアで作ったラーメンが旨い!とか、いまいちだ・・・とか、お客さんが評価するわけです。この「アイデアをめぐる競争」(もう少し詳しく言えば、お客さんが評価してくれるアイデアをめぐる競争)が、市場競争と呼ばれる現象の、とても大切な部分なんです。だから、ラーメン・スタジアムには、市場競争の本質が隠されているんです!

2つの側面を持つ企業活動
 金属とプラスチックのことを「インプット(投入物)」、作られたハサミ、ステープルのことを「アウトプット(産出物)」と言います。ラーメンの場合だと、麺、スープ、具が「インプット」、出来上がったラーメンが「アウトプット」ということになります。そして、加工する過程のことを「技術的変換」と言います。金属とプラスチックの塊に「技術」を加えて、ハサミやステープルという別のものに「変換」するからです。麺、スープ、具に、大将の「アイデア」を加えて、おいしいラーメンができます。ここでいう「技術」とは、アイデアといったものをも含めて、広い意味で使っている点に注意してください。人間の想像力や技能によって生み出される諸々の知識、という感じかな。
 インプットそのままでは、我々消費者にとっては、ほとんど使い道がありません。けれども、技術的変換を加えた後のアウトプット、すなわちハサミや2穴パンチならば、私たちの生活に役に立ちます。麺そのもの、スープそのもの、具だけ食べても美味しいかもしれないけれども、技術的変換を加えてラーメンというアウトプットに加工するともっと旨い!そう考えると、企業は様々な原材料(インプット)の組み合わせを工夫し、加工して(技術的変換)、生活の役に立つもの(アウトプット)を生み出しているということになります。その様子を図示したものが図表1です。

図表1 企業活動の基本モデル~技術的変換~

インプット      技術的変換   アウトプット
原材料  ⇒  企業  ⇒  製品・サービス
            インプットを
             技術に従って
             様々に組み合わせる

出所:筆者作成

 企業活動の基本モデルには、図表1のような質的な側面だけではなくて、量的な側面もあります。インプットの段階では、金属もプラスチックも、ただの塊です。どちらも等しく価格100で購入してきたとします。この塊をそのまま転売したとするならば、企業が手に入れるのは価格200だけでしょう(諸経費等はゼロと考えます)。しかし、この塊に、技術的変換を加えてアウトプットにすると、例えばハサミを生産した場合はどうでしょう。消費者はこのハサミを購入するためなら最大で価格500まで支払うつもりでいるとします。言い換えるならば、そのハサミに対して消費者は、500の価値を認めているということになります。
 このように考えるならば、企業は200の価値のある原材料を加工して、500の価値のあるものを生産したことになります。つまり、500-200=300の価値を、新たに生み出したということになります。この300のことを、企業が生み出した創出価値と呼びます。企業は様々な原材料(インプット)の組み合わせを工夫し、加工して(技術的変換)、より高い価値を持つもの(アウトプット)を生産している。その際、企業は、(アウトプットの価値-インプットの価値)という創出価値を新たに生み出しているということになります。企業はインプットを異なった形態であるアウトプットに変換する活動が、質的な意味での企業活動の基本であるとすれば(技術的変換)、ある価値を持っているインプットを加工して、より大きな価値を持っているアウトプットを生み出す活動は、量的な意味での企業活動の基本であるということができるでしょう(価値創出)。この第2の側面を図示したものが図表2です。このように考えると、企業とは、インプットを質的にも量的にも変容させる活動を行っているのだということが理解できます。技術的変換と価値創出プロセスは、企業活動の持つ2つの異なった側面であるという点に、注意が必要です。

     図表2 企業活動の基本モデル~価値創出~

消費者余剰(150)
生産者利益(150)
原材料価格(200)

図表2の説明
白い部分が原材料価格200、全体の四角が、ハサミを購入するために顧客が支払う最大価格500に相当している。影の部分300が、技術的変換に伴って生み出された創出価値である。市場価格を350とすると、企業は500のうちの350、消費者は500のうちの150を得る。消費者は最大500まで支払うつもりでいたが、350で済んだので、500-350=150が浮いたことになる。この部分だけ、消費者がお得感を得たことになる。このお得感を消費者余剰と呼ぶ。企業は350を得て、原材料価格200を支払うので、350-200=150の生産者利益を得る。創出価値300は、消費者余剰150と生産者利益150に分配されることが分かる。
出所:筆者作成

技術、知識、アイデア!
 これら企業活動を支えているのは、もちろん「技術」です。アイデアや知識を含めた技術があったからこそ、ただの金属片とプラスチックから、我々の生活に役立つハサミが完成しました。麺、スープ、具がばらばらに配膳されても、ほとんど我々には役に立たないでしょう。もっとさかのぼるならば、小麦粉、スープのだし、お湯、ばら肉、等々だけをポン!と食卓に出されても、どうにもなりません。大将のアイデアがあるからこそ、旨いラーメンを私たちは食べることができるのです。また、これらの技術があったからこそ、あるいは技術的変換プロセスを通じて、創出価値が生み出されたという点も、見落とすことはできません。「技術」があるからこそ、企業は企業であり得る、と言っても言い過ぎではないかもしれません。
 もちろん、原材料がなければ、そもそも製品を作ることはできません。原材料がとても大切であることは、あらためて検討する必要もないでしょう。しかし、現代のような自由市場経済体制で生活している我々にとっては、原材料の調達が、比較的容易であることは事実です。市場を通じて、比較的低いコストで原材料を調達することが、現代に生きる我々には、可能です。「どんな方法を用いれば、より低いコストで原材料を調達できるのか?」そのアイデアを生み出すことが、重視されています。
 企業活動を行っていくためには、経営資源が必要です。一般的には、経営資源と言えば、ヒト、モノ、カネ、情報の4つを指します。今回、お話している技術、知識、アイデアという経営資源は、4つの中では情報に対応します。そのため、これらを「情報的資源」と呼ぶことがあります。大将のラーメンのアイデアが本屋さんで売っていないことからも分かるように、情報的資源というものは、市場から買ってくることが困難です。また、試行錯誤の繰り返しを通じて完成させており、大将自身のひらめきも加わっていることからも分かるように、真似をすることもなかなか難しそうです。市場取引が困難で、模倣可能性が低いということが、情報的資源の特徴です。だからこそ、他人に頼ることなく、企業は自分自身で、情報的資源を生み出さなければなりません。そう考えると、企業は製品・サービスを生産しているだけではなくて、情報的資源をも生産しているということになります。企業活動の基本モデルに即して言うならば、情報的資源は、実は「インプット」であると同時に、「アウトプット」でもあるのです。企業にとって、情報的資源をうまい具合に生み出していく経営手法を作り上げることが必要になってきています。そして、このような経営手法そのものが、とても大切な情報的資源になっています。「情報的資源をめぐる競争」は、市場競争の重要な部分と言えるかもしれません。

おわりに
 今回は、ちょっと難しかったのではないでしょうか?でも、言いたかったことは、とてもシンプルです。情報的資源、つまり技術、知識、アイデア、等々が、企業活動にとって非常に大切になってきている、という1点です。情報的資源をめぐる競争が、市場競争の本質的な部分になっています。そして、これら情報的資源のほとんどが、人間に体化しています。人間の想像力や技能と、不可分の関係にあります。
 ふと、机の上を見渡してみて下さい。いろんなアイデアで生み出された(と思われる)製品あるいはサービスに囲まれていませんか? お店に行ったときに、立ち止まって想像してみて下さい。この製品は、どんなインプットの組み合わせからできているのだろうと。そして、その組み合わせを頭の中で反芻してみて、驚いて下さい。「なるほど。こんな組み合わせのアイデアがあったのか!!」
 ハサミや2穴パンチのような、いわゆる定番商品であっても、ラーメンのように新商品が次々と生まれているようなものであっても、「インプットの組み合わせ」に関するアイデアは非常に重要です。成熟市場であっても、成長市場であっても、それは同じです。このアイデアがあるからこそ、生活の役に立つものを作り出すことができるのであり、お客さんに評価してもらうことを通じて、創出価値を生み出すことができます。そこには、人間の想像力(あるいは創造力!?)や技能が隠されています。このようなインプットの新しい組み合わせを生み出していくことを、イノベーションと呼びます。イノベーションは、私たちの住んでいる現代社会のエンジンとも言われています。皆さんは、そのエンジンを、どのくらい見つけられるでしょうか。

 それでは、また次回…。

【参考にした文献】
シュムペーター著、塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳『経済発展の理論(上)(下)』岩波文庫、1977。

デイビッド・ベサンコ+デイビッド・ドラノブ+マーク・シャンリー著、奥村昭博+大林厚臣監訳『戦略の経済学』ダイヤモンド社、2002、pp.427-446。

ドメイン ―自社の事業は何か?―

「その商品は何ですか?」 

バナナチップスって、食べたことありますか? 実を言うと、私がバナナチップスを生まれて初めて食べたのは、ほんの数年前でした。約30年間余りの短い私の人生の中には、バナナチップスは存在していませんでした(ちょっと大げさか…)。 
 大学での勤務を終えて、自宅に戻る途中に、近所のスーパーで買い物をすることがあります。スーパーでは、入り口付近に果物とか野菜が陳列していることが多く、そのスーパーも同じでした。いつものように「何を買おうか?」と考えながらウロウロしていると、ふと、見たことのない商品が目に付きました。見たことがないだけではなくて、野菜や果物が並んである中に、どうして袋詰めの、ポテチみたいなものが置いてあるのだろうと不思議な感覚に襲われたのでしょう。私が初めて、バナナチップスを見た瞬間でした。
 不思議な感覚の正体は何やろか?と理屈っぽく考えていると、幾つかの点で、僕は疑問を抱いていたようでした。ポテチの仲間である(と私が思っている)商品が果物と同じ場所に陳列されている理由が分からないということ。ジャガイモの隣にポテチが陳列しているのを見たことないし…。どうしてスナック菓子コーナーに陳列されていないのだろうか?バナナの横にバナナチップスが置いてあっても、同じバナナなんだから不思議ではないはずなのに、どうして自分は不思議に思ったのかが分からないということ。
 幼稚園か、小学校低学年くらいのときにしませんでしたっけ? りんご、自動車、象さん、機関車、メロン、イチゴ、お猿さん…。「みんな一人で寂しがっているので、仲間ごとに○で囲んでグループにしてあげましょう!」みたいな作業。平和でした。ではここで、クイズを出しましょう。

クイズ
バナナ、バナナチップス、ポテチ上記3つの食べ物を、2つのグループに分けなさい。

{バナナ、バナナチップス、ポテチ}と{ }(何も入っていない集合)、すなわち{食べられるもの}と{食べられないもの}に分けるというのは無しにすると、皆さんなら、どんなに分けますか?
 2通り考えられると思います。ひとつめは、原材料で分けるというもの。つまり、バナナが原材料のもの{バナナ、バナナチップス}と、ジャガイモが原材料のもの{ポテチ}に分ける。ふたつめは、間食として食べるもの{バナナチップス、ポテチ}と、朝食の一品として食べるもの{バナナ}に分ける。いずれの分け方であっても、グループの商品は、共通した何かを持っていることになります。つまり、「その商品は何ですか?」という質問をした場合に、分けられたグループごとに、違った答えを行うということです。
 前者について考えてみると、「その商品は何ですか?」という質問に対して、「原材料がバナナの商品です」、「原材料がジャガイモの商品です」と解答することになるでしょう。このように、物理的な属性に従って行われる商品の定義の仕方を、「物理的定義」と呼びます。それに対して、後者の場合には、「その商品は何ですか?」という質問に対して、「おやつの時に食べる商品です」、「朝ごはんの時に食べる商品です」と解答することになるでしょう。おやつ、朝食という役割を、我々の生活の中で果たしてくれる商品だということです。このように、その商品が消費者に対して、どのような機能を提供してくれているかという観点から行われる商品の定義の仕方を、「機能的定義」と呼びます。 
 こう考えると、スーパーでの私の疑問が晴れます。私は、上記3つの商品を、自分の頭の中では「機能的」に定義していたのでしょう。私の頭の中の分類である{バナナ}、{バナナチップス、ポテチ}と、陳列に見られる分類<バナナ、バナナチップス>(果物コーナーに陳列)、<ポテチ>(スナック菓子コーナーに陳列)とが違っているので、不思議な感覚に襲われたのです。グループ分けの仕方が、頭の中のものと違っているぞ。バナナチップスの居場所が違っているぞ、と。陳列に見られる分類は、私の頭の中の分類の基準である「機能的定義」ではなくて、「物理的定義」に従って行われていました。機能的定義によるグループ分けと物理的定義によるグループ分けのズレという理屈が、不思議な感じの背後にあったと考えられます。

「自社の事業は何ですか?」

 前回から、牛めしやらバナナチップスやらと、食べ物の話ばかりですね。だからといって、私が食いしん坊だというわけではありません! 普段は、結構真面目に、仕事をしています・・・。ですから、今度は、仕事道具に関する事例を取り上げて、話を続けてみましょう。 
 仕事柄、ファイルとかノートとかを購入することがあるのですが、その際に、少し驚いたことがあります。ノートに関して言えば、小学生の頃は、緑色だったと思いますが、ジャポニカ学習帳なんかを使っていて、「さんすう」、「国語」、「れんらくちょう」、「自由帳」といった種類があったように覚えています。それが中学に入ると、コクヨの大学ノートを使うようになり、ちょっと大人になったような気がしていました。今ではパソコンで文章を書くことが多いのですが、やはりメモ書きにはノートが必要で、大手文房具メーカーのコクヨのホームページを見ていると、「?」と思うところがありました。椅子とか机とか、あるいは部屋の間仕切りとかも売ってるんですね。これらの商品は、僕の頭の中では「家具」なので、「文房具」メーカーのコクヨが販売していることに、不思議な感じがしました。
 実はこの感覚は、バナナチップスをスーパーで見たときのものと同種のものである、ということが、もう皆さんにはお分かりかと思います。僕は、コクヨという会社は「文房具」メーカーだと思っていました。文房具を扱っているはずの会社が、どうして「家具」という、全く別の製品群を売っているのだろう? 「家具は家具屋」が売っているのではないのだろうか?
 バナナチップスのときとは違い、今回のケースは、「事業(ビジネス)」に関するものです。「コクヨという会社の事業は、何だろうか?」という疑問に関わるものです。コクヨの事業は文房具の製造・販売である、という具合に事業を定義するならば、それは物理的定義と言えるでしょう。あるいは、「どんな製品を供給しているのか?」という観点からの事業の定義なので、「製品中心」の定義とも言います。僕の頭の中での定義ですね。では、「機能的定義」はどのようなものか? 別名、「顧客中心」の定義ともいい、「どんな機能や価値を顧客に提供しているのか?」という観点からの事業の定義です。コクヨの事業は、オフィスで利用するものを提供することである、という具合に定義することが、顧客中心の定義に相当するでしょう。「顧客がどこで使うのか?」という利用場面、つまり顧客の観点から、事業を見ているからです。コクヨのホームページを詳細に見ていくと、それらしき記述がありました。

「コクヨ100年の歴史は、ステーショナリーからファニチャーへ事業領域を拡大し、日本最大のオフィスサプライヤーとして自らのDNAを絶えず変え続けた「進化」の過程でもありました。」(コクヨホームページより。太字下線は、筆者による。)

 オフィスサプライヤーといっても、オフィスそのものを供給しているのではありません。そうではなくて、オフィスで利用する諸々の商品やサービスを供給することが、自社の事業だと認識しているわけです。文房具も、家具も、オフィスで利用するものです。「オフィスサプライヤー」という言葉の中に、顧客の観点を含ませていると考えることができるように思われます。以下に、事業の定義について、簡単に整理しておきます。

【図表1】

「事業の定義」
の仕方
    簡単な説明   コクヨの場合
顧客中心
(機能的定義)
どんな機能や価値を
顧客に提供している
のか?
「オフィス
サプライヤー」
製品中心
(物理的定義)
どんな製品を供給し
ているのか?
「文房具」

出所:筆者作成。

 このように考えると、どうして文房具メーカーが、家具を販売しているのだろう?という問いに対する答えは、次のようになるでしょう。

答え
コクヨは「顧客中心」に事業を定義しており、「オフィスで利用するもの」を提供することが自社の事業であると考えている。オフィスでは、文房具のみならず、家具等の利用も行われている。仕事のために必要だからだ。だからコクヨは、文房具だけではなくて、家具等にまで事業展開を行っている。  

 また、もう少し明確に事業の定義を行う場合もあります。顧客機能、市場(顧客層)、技術という3つの次元から行うやり方です。顧客機能とは、顧客中心の事業の定義とほぼ同じ意味、技術とは製品中心の事業の定義とほぼ同じ意味、と理解しておいて下さい。市場とは、対象としている顧客層のことです。コクヨの場合だと、「オフィスで利用するもの」(顧客機能)、「Knowledge Workers(知的活動を行う組織及び個人)」(市場)、「文房具や家具等」(技術)という特徴を持った事業を行っているということになるでしょう。このように、企業が行っている事業の範囲のことをドメイン(領域、あるいは事業領域)と言います。事業の定義、ドメイン定義は、ほぼ同じ意味で用いられます。また、これらの定義は、図表1にまとめたように、ひとつの次元で行うこともあるし、顧客機能、市場(顧客層)、技術という3つの次元から行うやり方もあります。関心のある読者の皆さんは、参考文献を通して、詳しく勉強してみて下さい。

おわりに
 今回は、バナナチップスという非常に身近な商品を出発点にして、企業はどんな事業を行っているのか?という、かなり大きな話にまで展開してしまいました。しかし、どちらの場合も、「素朴な疑問」をきっかけにして、その背景にある「ひとつの枠組み」を見つけていくというプロセスは同じです。どうしてバナナチップスが、果物売場に陳列してあるのか? コクヨが家具を販売しているのはどうしてなのか?という素朴な疑問は、商品の定義、あるいは、企業が行っている事業領域の定義(ドメイン定義)という「ひとつの枠組み」から眺めると納得のいくことが分かりました。

それでは、また次回…。

【参考にした文献やホームページ】
セオドア・レビット「マーケティング近視眼」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』ダイヤモンド社、2001年11月、pp.52-69。

石井淳蔵・奥村昭博・加護野忠男・野中郁次郎『新版 経営戦略論』有斐閣、1996、pp.77-94。

コクヨホームページ http://www.kokuyo.co.jp/

戦略の定義(後半)

■ひとつの枠組みで現実をみる

「どうして山口に、松屋が出店してきたのだろう?」
という私の素朴な疑問に対する、私自身の答えは、次のようなものです。

松屋は2007年度までに1000店舗体制を確立するという目標がある。顧客ニーズや土地・場所の制約といった環境要因を考慮すると、「これまで店舗が進出していない地域への出店」、「首都圏を始めとする既存出店地域内の再開発」といった店舗戦略を採用することが望ましい。その一環として、山口に、ロードサイド型という形態で出店してきた。

その結果、冒頭でお話したように、山口に松屋が出店してきたことに、また、お子様連れのほのぼのとした松屋に、私は驚き、疑問を抱いたのです。最初から答えを知らなかった私は、「驚きと疑問」から出発して、上記のような、一応の答えを探り当てました。

私は、闇雲に議論を進めていたのではありません。

実は、ある「ひとつの枠組み」に従って、お話をしてきました。
今回の連載で私は、経営戦略についてお話しようと考えています。
戦略とは、「企業の採用する作戦のようなもの」と、一応、考えてくださいと書きました。一般的に受け入れられている戦略の定義を説明せずに、戦略という言葉を使ってきました。
しかし、実は既に、「戦略の定義」のお話は終わっています。はじめに提起した素朴な疑問に対する一連のお話が、「戦略の定義」の枠組みに沿ったものです。
ちなみに、ホファー&シェンデルという人たちが執筆した『戦略策定』という書物は、経営戦略を学ぶ人が必ず、勉強しなければならない重要な本なのですが、この書物によると、戦略は次のように定義されています。

○定義1
われわれは組織の戦略を、一連の環境要因の制約のもとで目的達成のために使用する基本的手段についての言明であると考える。」(ホファー&シェンデル著・奥村他訳『戦略策定』130ページ〔千倉書房〕1981年)

○定義2
組織がその目的を達成する方法を示すような、現在ならびに予定した資源展開と環境との相互作用の基本的パターン。」(同書30ページ〔千倉書房〕)

ちょっと文章が堅苦しいかもしれません。ポイントは3つです。
目標、
環境、
戦略、

の3つです。
もう少し簡単に言ってみましょう。

○戦略の定義-簡単に言い直したもの
目標を達成するために企業が採用する作戦のことで、その中でも、直面している環境に最もぴったり合う作戦のこと

これまでの説明が、すなわち「松屋が山口に出店してきたのは、どうしてだろう?」という疑問に答えるための説明が、戦略の定義に沿ったものだったことがわかっていただけると思います。
“情報収集”の節では、
「目標は何か?」
を探っていました。松屋は1000店舗展開するという目標がありました。定義1、定義2では、目的と呼んでいる部分です。

次の節、“企業の合理的選択を考える”では、
「直面している環境は何か?」
と、
「その環境に最もぴったり合う作戦は何か?」
を探っていました。
環境にぴったり合うために、松屋は戦略Aではなくて戦略Bを採用しました。
定義1で「環境要因の制約のもとで…使用する基本的手段」と言い、

定義2で「資源展開と環境との相互作用の基本的パターン」と言っている部分に相当しています。

もう一度、冒頭の★の部分を読んで、これらの定義とじっくり比べて見て下さい。

私が抱いた驚きと疑問の背景には、このような企業の戦略が働いていたようです。私の驚きや素朴な疑問は、このような「ひとつの枠組み」で理解することができるようです。
【図表2】は、それらを簡潔にまとめておきました。

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出所:ホファー&シェンデル『戦略策定』、および松屋ホームページ内の情報を基に筆者が作成。

■おわりのはじまり
山口の松屋で驚き、不思議に思ったことを出発点として、経営戦略の古典といわれる書物の議論に辿り着きました。
今月のお話は、ここで終わりです。
これからの連載でも、日常生活に隠れている「素朴な疑問」を出発点にして、それらを理解するための「ひとつの枠組み」をお話していこうと思います。
高校生の皆さんにとって、いきなり「ひとつの枠組み」で考えることは難しいかもしれません。経営学を勉強したことのない方々が大半でしょうから。
しかし、日常生活の中で、見たり、経験したりしたことの中で、疑問を持つことはできると思います。「なぜだろう?どうしてだろう?」というスタンスを持ち続けて、この連載を読んでいただけると、私としては、とても嬉しいです。
限られた回数ではありますが、今日のお話のような展開で、基本的には、連載を書いていこうと考えています。

よろしくお願いします。

それでは、また次回…。

【参考にした文献やホームページ】

book1



ホファー&シェンデル著・奥村昭博・榊原清則・野中郁次郎共訳『戦略策定』(千倉書房・1981年)

 
経営戦略を学ぶ人が必ず、勉強しなければならない重要な本。

松屋ホームページ http://www.matsuyafoods.co.jp/

戦略の定義(前半)

■素朴な疑問

先日、私の暮らしている山口市にも、牛めしの「松屋」が出店しました。東京で大学院生活をしていた頃、大変お世話になったお店なので、今でもたまに、食事に出かけます。
大学から少し離れているので、同僚の先生に車で連れて行ってもらったのですが、到着して驚いたことがあります。
広大な駐車場とドライブスルーがあったのです!
しかも店内には、カウンターだけではなく、4~6人掛けのテーブル席もありました。小さい子供連れのお客さんがおられるまったりとした光景の松屋には、ほんとに驚きました。
まさしく、「ロードサイド型(郊外型)」の店舗です。
私のイメージでは、松屋は都会のビルの1階に入っていて客席はカウンターのみ、昼食時には通りまでスーツ姿のサラリーマンが並んでいる、というものでした。とても大きなギャップがありました。
お店で食事をしている間中ずっと、都市型店舗を展開している松屋が、どうして地方の山口に出店してきたのか、不思議でした。松屋に限らず、牛丼屋とは、都市部の人口密集地に立地し、忙しいサラリーマンに安くておいしい食事をすばやく提供するものだと思い込んでいました。コンパの帰りの学生さんが、寝る前に一杯食べていくお店だとばかり思っていました。
それゆえに、車中心で、いわゆるビジネス街があまり見られないところに出店してきたことに、素朴に疑問を抱きました。

■情報収集

以来、松屋に行ったときにはいつも、そんな、「どうしてなんだろう?」という疑問が自然と浮かんできて、おいしく食べている感じがしなくなってきたので、「ちょっとだけ」真面目に調べてみようと思い立ちました。
何か大きな変化が生じたときには、背景に戦略の転換があったのではないか? と考えるのが私の癖なので、その点から調べてみました。

「戦略」については、後に詳しく説明しますが、今は「企業が採用している作戦」くらいに理解しておいて下さい。

最近は、インターネットのおかげで、きっかけとなる情報を収集するのには便利になりました。松屋のホームページを頼りに情報を探していると、「あぁ、そういうことか」と思える記述がありました。
まずは、松屋は現在、店舗戦略を進化させているそうです。
これまで店舗が進出していない地域への出店
と、
首都圏を始めとする既存出店地域内の再開発
を進めています。
「どうして山口に?」という私の素朴な疑問への、最も素朴な答えは、ここにありました。
これまで進出していない地域へ出店するという作戦を、松屋が進めているから
ということになります。山口市には、これまで店舗がありませんでしたので。

私は最近、都市部の松屋には行ったことがないので、その状況を自分の目で確かめたことはありません。しかし、2番目の作戦の一環として、都市部の店舗の改装も進めているようです。もし、皆さんの近くの松屋がリニューアルしていたら、それは山口への新規出店と「同じ店舗戦略」に根ざしている現象だということになります。遠く離れていたとしても、企業の「同じ戦略」がもたらしてくれる出来事に、我々は驚いたり、楽しんだりしているのかもしれませんね。

次に目に付いたのは、松屋が掲げている店舗展開の目標でした。
2007年度には1000店舗体制を確立することを目指しているようです。
2003年度末には600店舗を超えたとあります。
つまり、先にお話した店舗戦略の進化は、松屋という企業が掲げている目標を達成するための具体的な作戦であったということがわかります。ただ闇雲に、地域に出店しているのでも、リニューアルをしているのでもないのです。
もちろん、たくさんの店舗を出店することだけが、目標ではありません。お客様に愛される、地域一番のお店になることを目指しているということが、随所で繰り返し、述べられています。
いわゆる“顧客第一主義”です。
また、そのような「理想の会社」になるための作戦も、店舗の数を増やすだけではなくて、新メニューの開発、生産設備や配送システムの充実、安全・安心や環境問題への取り組み等、実に様々な努力を行っています。
しかし、今回の連載は、経営学の入門でもあり、できる限り直観的に理解してもらうことを心掛けているつもりです。そのため、それら全てを含めた説明は別の機会に譲り、店舗戦略に関することに絞って、お話をしています。
(関心のある読者の皆さんは、自分自身で調べてみるのも良いでしょう)。

■企業の合理的選択を考える


1000店舗体制の確立を目指して、これまで出店していない地域に新規出店を進めている。
だから、これまで店舗のなかったここ山口にも、松屋ができた。
企業が進めている目標―戦略の展開の「ひとこま」を、私は観察し、経験していたんだと。私が山口で松屋を食べられる背景には、こんな仕組みがあったんだと、理解することができた。
しかし…。
・どうして、都市部に集中して、1000店舗展開することを目指さなかったのだろう?

・カウンターのみの店舗で、サラリーマンや学生さん相手の商売を、更に追及するということをしなかったのはなぜだろう?

・なぜ、家族連れをお客さんとして受け容れるようなロードサイド店を出店したり、都市部でも、テーブル席を増やした店舗に改装したりしているのだろう?

こんな疑問が、新しく浮かんできました。
この問いかけは、ちょっと難しいかもしれません。
ポイントは、都市部店舗の改装です。松屋ホームページによると、新宿コマ劇場前店(東京)は改装により、2階にテーブル席を大幅に取り入れ、また、十三店(大阪)でも店舗面積を2倍にし、テーブル席も大幅に導入したとあります。つまり、都市部にも、もちろん全てではないにしろ、地方のロードサイド店と同じ形態の店舗があるということです。
店舗を増やすだけなら、これまでのカウンター席を中心とした店舗を都市部で増やしていくという選択もあったはずです。
しかし、そうではなくて、ロードサイド型という、これまでの店舗形態とは異なった店舗に改装していくという作戦を含めて、地方と都市部の合計で1000店舗を目指しているのです。

【図表1】は、この説明を簡単に整理したものです。
松屋が戦略Aではなくて、戦略Bで目標達成を目指しているのは、なぜでしょうか?

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出所:松屋ホームページ内の情報を基に筆者が作成。

残念ながら、その答えをホームページ上の情報から直接、知ることはできませんでした。しかし、推測すること、推理することはできます。紙面の都合もありますので、2点ほど、お話しておこうと思います。

1つは、顧客のニーズの変化です。
我々顧客は、低価格だけで満足することはなくなってきました。少しくらい値段が高めであっても、おいしいものを、ゆっくりと食したいというニーズが高まってきたと判断することは、今の時代の流れを考えると、そんなに的外れではないでしょう。
そんなニーズを満たすためには、ゆとりのある店舗(ロードサイド型)が必要だったように思われます。これは郊外でも都市部でも、同じなのでしょう。

2つめは、都市部への出店の限界です。
松屋だけではなく、また牛丼屋だけでなく、実にさまざまなファーストフード店やその他の業態の店舗が、都市部に出店しています。
しかし、単純に考えて、土地の広さには限界があります。そのために、出店にふさわしい、新しい場所が、物理的にこれ以上ないという状況まできているということがあるのかもしれません。地方への出店の加速には、そんな理由が隠されているように思われます。
つまり、松屋は自由に、出店場所や店舗の形態を選ぶことができるのではなくて、幾つかの制約に直面しているということです。

ニーズが変化したので、カウンター中心の店舗へのニーズはこれ以上急激に増える見込みはなく、また、場所がないので、都市部に出店できない。

このような状況に、松屋は置かれているのかもしれません。そうだとすれば、これらの制約を考慮すると、戦略Aを採用できないわけです。少なくとも、「ベストな」選択ではないのです。
顧客のニーズ、店舗立地が可能な土地の広さは、企業が自由にコントロールできません。企業が自由にコントロールできない要因のことを、企業環境(あるいは、略して環境)と呼びます。このような環境要因のために、松屋は戦略Aではなくて、より環境要因にぴったり合っている戦略Bを採用して、目標に向かって進むという選択を行ったのではないか、と考えられるのです。

(後半へ続く)

後半は、15日にUP予定です。

はじめに

 先日、列車に乗っていると、学ランを着た高校生が座席に座って、鞄の中をガサガサやってました。
 何をしているのかな?
と、様子をうかがっていると、どうやらMDを探していたらしいのです。
 今聴いていたMDをプレーヤーから取り出して、新しいのと入れ替え、聴き終わったMDをケースにしまい、それをまた、鞄にしまって…。
 新しいMDを聴けるようになるまでに、随分と手間がかかるものだと思いながら眺めていたのですが、同時に、ipodって、さっきの高校生の手間隙を節約してくれる側面があることに気付きました。
 それだけではなく、ダビングの面倒臭さ等も含めて、これらの面倒臭さを我慢しているMDプレーヤーのユーザーは、将来ipodを購入してくれるかもしれない膨大な潜在市場なんだなぁと。

 企業はただ、漠然と新製品を出すのではなく、それらは戦略に基いています。
 その戦略の片鱗は、通学列車の風景のような日常生活の中で発見することができます。
 今回の連載では、日常生活の中にある、戦略の片鱗を探していきたいと思います。