プリティ・ウーマン-敵役としての企業買収-
1990年の全米ナンバー1ヒットの映画ですが、ただのヒット作ではありません。リッチでハンサムな男性と新米娼婦が街角で出会って恋に落ちる。現実には起こりそうもない、おとぎ話のようなストーリーは、まさに現代のクラシック。洒落た会話や心に残るエピソードが次から次へと繰り出され、「これこそが映画だ」というくらいの名作です。
エドワード(リチャード・ギア)は、頭が良くてハンサムで大金持ち。不器用で高所恐怖症というのも、かえって母性本能をくすぐりそうです。そんな彼の仕事は企業買収。いわゆる“乗っ取り屋”です。狙いをつけた企業の株式を買い占めて自分のものにしてしまったら、その企業の土地や設備といった資産をバラバラに売り払って、買収に使った費用との差額を稼ぐという、かなり際どい仕事です。買った企業をバラして売れば儲かるという状況は、普通では考えられません。ですが、この映画が作られた頃、1980年代半ばから90年代初頭のアメリカでは、長年に渡って株価が全般に低迷を続けていたせいで、そうした状況が生じていたのです。
エドワードは、仕事で滞在中のロサンゼルスの街角で一人の娼婦、ヴィヴィアン(ジュリア・ロバーツ)と出会います。最初は「仕事」ベースの関係だったのですが、エドワードは、彼女が無邪気さのなかにも時折見せる感性の鋭さや純粋さに惹かれていきます。そこで彼は、一週間の長期契約を申し出て、目下のターゲットである造船会社の創業オーナーであるモース氏(ラルフ・ベラミー)との会食にも、彼女をともなうことにします。二人の間では、エドワードの仕事について、こんな会話が交わされます。
「何かを作ったり建てたりはしないの?」
「しない。会社を買うだけだ。」
「買った会社はどうするの?」
「売る。バラバラにしてね。」
「盗んだ車の部品をバラバラにして売りとばすみたいに?」
「…。まあ、そうだけど、違法じゃない。」
そう、確かに違法ではありません。ですが普通の人の感覚からすると、この仕事、かなり怪しげなものに思えるのではないでしょうか。企業は盗んだ車とは違うだろうというのが普通です。もっとも、映画や物語の世界では、企業、とくに大企業ともなると、たいていは敵役として描かれてきました。この連載でも、第一回で取上げた「モダンタイムス」はその典型ですし、前回の「タッカー」でもビッグスリーの暗躍が描かれています。これは、弱者の視点に立って強者を敵役に据えるという、物語作りの基本に則したものと言えるでしょう。「プリティ・ウーマン」も、その基本に忠実ではありますが、ここでは大企業が弱者として描かれています。それは、もっと敵役にふさわしい存在として、大企業をも脅かす乗っ取り屋が登場しているからです。
「企業」というのは、起業家にとっては「夢を実現するための器」ですし、それに成功した創業者からすれば、自分の子供のような存在になるでしょう。ですが、エドワードのような乗っ取り屋にとっては、金儲けのネタでしかありません。ただ、エドワードには、母親を捨てた父親への復讐のために、父親の会社を乗っ取って解体した過去があります。企業をバラ売りされることが、その企業の創業者にとって、どれだけ辛いかを十分に知っていたからこそ、それを復讐の手段に選んだのでしょう。ですから、モース氏の造船会社を解体してしまえば、彼がどんなに悲しいか、エドワードはちゃんと分かっていたはずです。会食の席でモース氏が見せた強さと優しさに、ヴィヴィアンもエドワードも好感を抱きます。エドワードはモース氏に理想の父親像を見てしまったのかもしれません。そのあたりも、ヴィヴィアンはスパッと見抜いてしまいます。
「計画はすべて順調だけど、問題は、あなたがモースさんを好きだということね。」
エドワードは、そんな気持ちを押し殺して、買収計画を進めます。そして、ヴィヴィアンとの関係についても、自分の気持ちを裏切ろうとします。彼はヴィヴィアンに、自分たち二人は似たもの同士だと言います。仕事のためならクールになれるという意味で。二人の関係も仕事だというのです。ですが、ヴィヴィアンに対する思いは、彼のなかでどんどん膨らんでいきます。同時に、企業買収の仕事に対する違和感も大きくなっていき、最後には、彼はモース造船の買収を中止し、業務提携の道を選びます。そしてヴィヴィアンに対しても、自分の気持ちのまま、素直に向き合うことを決意するのです。
この映画は、もちろんラブストーリーなのですが、エドワードのヴィヴィアンに対する気持ちが次第に変わっていくのと、彼が「悪」である“乗っ取り屋”の側から「善」である“企業”の側へと「心を入れ換えていく」動きが、重ね合わせるように描かれていきます。エドワードは、企業買収の仕事のパートナーに問いかけます。
「僕たちは何を生み出してきたんだろう。」
「金を稼いだじゃないか。」
この映画の文脈では、金を稼いだだけでは、何もしていないのと同じだとみなされます。企業買収のビジネスは、何も生み出していない、誰の役にも立っていないというのです。本当にそうなのでしょうか。8月3日を予定しています第5回の更新では、ノーマン・ジュイソン監督、ダニー・デビート、グレゴリー・ペック主演の「アザー・ピープルズ・マネー」(1991年、アメリカ)を題材に、企業買収の意味について、もう少し突っ込んで考えてみることにしましょう。
【今回の映画】
プリティ・ウーマン(1990年、アメリカ)
原題:Pretty Woman
監督:ゲイリー・マーシャル
出演:ジュリア・ロバーツ、リチャード・ギア
【次回の映画】
アザー・ピープルズ・マネー (1991年、アメリカ)
原題:Other People’s Money
監督:ノーマン・ジュイソン
出演:ダニー・デヴィート、グレゴリー・ペック、ペネロープ・アン・ミラー
