最終回―大学って何だろう-
いよいよ今回で最終回となりました。経済学に興味のある高校生(さらには現役の大学生、社会人の方も含めて!)を念頭に置きながら、大学の経済学への招待という趣旨で連載をしてきました。
そこで今回は、総まとめとして、これまでの連載で触れられなかった点について補足を行いながらこれまでの議論を簡単に振り返りたいと思います。そして、今回の連載で時折触れてきた、大学での勉強の特徴やその意味について現時点での私なりの考え(独断と偏見も含めて)を述べて、経済学に止まらず大学での勉強に興味のある人へのメッセージとして今回の連載の結びに代えたいと思います。
今回の連載のREVIEW
まず、これまでの連載の構成を簡単に振り返ることにしましょう。第1回では、経済学の目的は何かということについて説明し、それは「希少な資源の有効活用」であり、それを達成する仕組みとして市場メカニズムの理解が経済学の中心的な課題であると述べました。
市場メカニズムの理解をする上で需要曲線と供給曲線は経済学の基本中の基本となる概念です。そこで第2回と第3回を使ってこれらの概念を説明しました。繰り返しになりますが、第2回と第3回の内容で学生の皆さんが最もつまずきやすい点は、これまでの私の教育体験からすると、同一の需要曲線上の議論(例えば、価格が下がると需要量が増えるという右下がりの関係)と需要曲線のシフトの議論(例えば、どの価格水準においても(以前より)需要が増えて需要曲線が右上へシフトする)が混在してしまうことです(供給曲線も同様)。今後の学習(復習?)の際に理解を確認してください。この点がクリアーできると後はいろいろな現象に対して実際に使ってみることで理解がいっそう深まるようです。「習うより慣れろ」の段階といってもよいかも知れません。
そこで第4回から第6回までの3回を使って、需要曲線と供給曲線の概念の応用例として金融問題を取り扱いました(私の専門が金融という理由からですが)。具体的には「貸し渋り」問題の分析を行いました。これにより経済学の枠組みを通じて経済現象を分析する有用性を実際に体験してもらうことに主眼がありました。
第4回では金融について今回の連載に必要と思われる基礎的な知識を紹介し、資金の貸借関係を需要曲線と供給曲線を使って表現することを学びました。第4回では、金融関係の専門用語がいくつか出ており、ピンと来ない箇所もあるかと思いますが、気になる人は今後いろいろな本を紐解くことでしっくり理解できるように是非してください。こうした自分から学ぼうとする姿勢こそが大学での勉強の始まりでもあるのです(説明不足の言い訳のようですが本当ですよ!)。
第5回では、「貸し渋り」現象は、供給曲線の左上方へのシフトとして表現されることを学びました。一方で、同じ貸し出しの減少を引き起こす「借り入れ需要の低迷」は需要曲線の右上方へのシフトとして表現されることも紹介しました。そして、実際にどちらが生じたのかという点について金利の動き方の違いで識別できることを説明しました。ところで、今回の連載では触れられませんでしたが、需要の低迷に対する有効な処方箋として財政政策があります。国がお金を計画的に使うことで意図的に需要を作りだすことを考えます。こうした内容を扱う財政学も経済学の重要なテーマですので関心のある方は是非勉強してください。
さて話を戻すと、これらの議論を紹介したのは、「複雑すぎる現実の経済現象」を、需要曲線・供給曲線といった概念を用いて単純化して分析することの有用性を知ってもらいたかったからです。この点については、他の先生方も様々な表現を用いて皆さんに強調しています。例えば、ファイナンスの小部屋の第5回では「モデルというメガネをかけて現象を見る」という表現を用いていますし、経営の小部屋の最終回では「ひとつの枠組みで現実をみる」といっています。いずれも分野のアプローチの仕方に違いはあっても「複雑すぎる現実の経済現象」に対する理解の方法である点においては同じなのです。
そして前回の第6回では、第5回の金融問題の分析の議論について批判的に吟味しました。そこで取り上げたのは、
①「貸し渋り」の定義の妥当性について
②市場均衡の成立可能性について
③需要曲線・供給曲線の同時シフトの可能性について
です。そして、いずれも慎重な検討が必要であることを説明しました。説明の内容を吸収することに力点が置かれすぎると、議論の背後に潜む問題点に気づかなくなる傾向にあります。大学での勉強では、議論の内容を批判的に吟味した上で、「納得する」か「説得される」ことがこれまで以上に重要であることを強調しました。
以上がこれまでの連載の概観になります。総じて、大学での勉強の特徴を意識しながら、複雑な経済現象を理解する上での経済学の有用性とそれを学ぶ上での注意点について紹介してきました。今回の連載では経済学を学ぶと経済現象を深く理解するために役立ちそうだなという雰囲気(言い換えると、経済学を学ぶことにメリットがありそうだなという雰囲気)や、どういった点に注意して勉強をするべきかというヒントを提供することに主眼を置いています。したがって、これらの内容は大学で十分に時間をかけて勉強することになりますから、今回の連載で完全に理解できなくても心配は入りません。上記の趣旨をくみ取ってもらえればと思っています。
さて、以下では大学で勉強をすることの意味について私なりの考えを紹介するとともに、具体的に、前述の批判的に吟味できる力(批判的態度)を身につける方法について述べておわりにしたいと思います。
大学での勉強―答えに要領よく到達するための勉強からの卒業―
これまでの連載の所々で大学での勉強の特徴についても触れて来ましたが、ここで大学での勉強と高校での勉強の違いについて、私なりの印象を簡単にまとめてみます。高校での勉強の特徴は、正解にできるだけ早い時間で(効率的に)到達する暗記を重視した学習であると言えます。この背景の一つに大学受験があるのでしょう。これはこれで基礎的な知識の習得には重要なのですが、大学での勉強の特徴は、じっくり時間をかけて論証することを重視する学習であると言えます。そのため、必ずしも正解を早く答える要領の良さは必要に迫られるものではありません。その代わりに、なぜそういえるのか、本当にそうなのかといった素朴な疑問に対して、答えを急がずじっくりと吟味する姿勢が要求されます。こうした姿勢はこれまで何度か触れてきた批判的態度に通じるものです。例えば、定義を大切にすることの重要性は、そうした大学の勉強のスタンスの格好の事例でしょう。ではなぜこうした学習が重要なのかという疑問がわいてくるかもしれません。そのことはなぜ大学で勉強する必要があるのかという質問につながってきます。
大学での勉強は役に立つの?
多くの人が大学に行くようになった今、「大学とは何か」ということが改めて問われる時代になっているかと思います。少子化問題を背景に大学のあり方が問われているとも言えます。就職を少しでも有利にする準備期間としての大学、あるいは社会人になる前のモラトリアムとしての大学など大学のあり方は様々です。こうした現状を見て、果たして自分は大学に行く必要があるのだろうかと疑問に思う高校生も少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。こうした素朴な疑問に対す私なりの答えは、このような時代であっても大学に進学して勉強をする意義は十分にあるというものです。その理由を説明しましょう。
それは、大学時代は、大学生活を堪能することが実は重要な目的であり、大学生活を充実させること自体に十分意味のあることであると思うからです。言い換えると、大学時代は決してのその先のための準備期間やモラトリアム期間ではないということです。よく考えてみてください。4年もの長い月日を、公認会計士などの専門的職業に就くことを目指す一部の人を除けば、(就職に有利になるという理由だけで)資格勉強をしたり、モラトリアムとして時間を費やしたりするのは、とてももったいないことだと思いませんか。大学時代は、一生涯の友人をたくさん作るとともに、大学で学ぶ事柄について徹底的に討論したり、あるいは将来について語り合ったりする、その時代にしかできない時間を堪能するためにあるのです。したがって、この意味で、大学を資格予備校、あるいはレジャーランドとして見たりするのはナンセンスだと思います。
もちろん、そうは言ってもその先に待つ就職を考えると不安なのも分かります。そこで関連してくるのが大学での勉強は社会人になってからも「役立つ」のかという疑問です。これに対する私なりの答えは、十分に役立つ、いや役立つどころか一生涯の方向を決定付ける基盤を形成するのが大学であるというものです。この点についてもう少し説明しましょう。
大学での勉強がはじまって少し経ってくると、大学での勉強はどうも実社会では「役にたたない」と少なからずの学生の皆さんが感じるようです。そして、「役に立たない」ものをなぜ苦労をして勉強をするのだろうかと疑問を持ち始めることすらあるようです。また、その裏返しとして、できるだけ「苦労をせずに(楽をして)」、でも「直ぐに役立つ」何かを大学で学びたいと思うようになる一方で、それが大学では実現できないと閉塞感が生まれることもあるようです。こうなってくると大学に進学したこと自体に疑問を抱きはじめ、勉強どころではなくなってきてしまいます。
この点については二つコメントしておきたいと思います。まず、何をもって「役にたつ」というのかは実は難しい問題です。資格のように自分の肩書きになるモノは「役に立つ」というかもしれません。しかし、それだけではないのも事実でしょう。そして、仮に「直ぐに役立つ」ものがあったとしても、それは「直ぐ」に賞味期限が来てしまう知識であることが多いはずです。つまり、比較的簡単に身に付き直ぐに使える知識は、直ぐに使える分、賞味期限が短いということです。
これに対して大学で学ぶ知識体系は、なかなか身に付いたような実感もなく、実際身に付くまで時間がかかるかも知れませんが、苦労の分だけ賞味期限が長いと考えられます。その一つが実はこれまで連載で触れてきた批判的に吟味をする力(批判的態度)ということなのですが、誤解を恐れずに大胆に具体化して述べると、本を正確に読むことができる力(読む力)、それに基づき自分の意見を自分なりの説得力を持って人に伝えることができる力(書く力、話す力)、さらには人の見解をきちんと聞くことができる力(聞く力)ということです。「なんだそんなことか」と思われるかも知れませんが、実はとても難しいことである一方、とても普遍的な「役に立つ」力なのです。
実際、多くの企業が使える人材として求める学生像は、実は、数ヶ月で取得できる資格を持つ人材ではなく、前述の意味で批判的吟味のできる力をもった個性豊かな人材であるとも言えます。そういう意味では、大学での勉強は、大学時代を十分に堪能できれば、結果として将来に「役立つ」力なのです。こうした「役立つ」力を4年という十分な時間を通じて個々人が形成する場が大学なのです。
批判的に吟味できる力(批判的態度)の習得へのヒント
さて、これまでの議論では、この批判的に吟味できる力(批判的態度)を身につける方法、言い換えると、大学らしい勉強法について紹介していませんでした。このことについて私なりの考えを述べて皆さんの大学での勉強のヒントにして頂ければと思います。
こうした批判的に吟味できる力は、一朝一夕に身に付くものではなく、じっくり時間をかけて、意識的に議論を吟味するとともに、自分自身の理解を自己診断することが必要です。しかし、こうした力は講義を一方的に聴いているだけではなかなか習得できないのも事実だと思います。そうした訓練の場の一つとして、多くの大学ではゼミナールという少人数の授業が用意されています。通常、一人の先生と15人前後の学生から構成され、一つの本を徹底的に深く読みこなしたり、一つのテーマについてゼミナールのメンバーの間で徹底的に討論したりします。したがって、大学ではゼミナールに積極的に参加してほしいと思います(「徹底的」にやるというのが大学の勉強のキーワードです)。
また、ファイナンスの小部屋で強調されているように、数学の力は、確かに「論理的な思考だけでなく、状況を整理する能力や効率的な思考方法を身につけることにつながる」面があります。実際、経済学では、社会科学の分野でも特に勉強が進んでくると数式が数多く出てきます。「文系だから数学は必要ないと思ったのに」という声が聞こえてきそうですが、文系だから数学は必要ないというのは誤解なのです。経済学で数式が数多く出てくるのは、数学は計算問題を解くパズルではなく、論理を正確に(厳密に)展開する上で、とても便利な言葉だからです。こうした言葉を自由に使いこなせることは、自分の議論の説得力を高める上でとても有用なのです。こうしたことから、高校時代に決して文系だからという理由で数学を軽視せずにきちんと勉強をしてもらいたいと思います。
おわりに
さて、大学らしい勉強法のヒントとして二つほど述べましたが、一般に、高校での勉強は大学での勉強の基礎になります。それは経済学だから生物はいらない、あるいは経営学だから数学はいらないというような単純な関係にはなく、高校で学ぶ様々な科目がどの社会科学の分野にとっても重要な土台となっています。この点は会計の小部屋の「最後に」でも同様のことが触れられています。結局、「社会」を「科学」する「社会科学」の最終的な目標が社会を構成する我々「人間」への理解である以上、これまで蓄積されてきた学問的知識が直接・間接的に連関しているといえるのかもしれません。
私は、今回の連載を通じて経済学の魅力(「切れ味」といいいましょうか)はもちろんのこと、結果として経済学を通じて大学での勉強の意味を、これから大学で学ぶことを考えている皆さんに少しでもお伝えしようとしました。今回の連載が少しでも皆さんの参考になればと思いつつ、皆さんの大学生活が実り豊かなものになることをお祈りしています。
これまでの参考文献―これから経済学を学ぶ人へ-
以下では、大学で学ぶ経済学の参考文献について紹介しておきます。第2回で説明したように、大学の経済学の基礎はミクロ経済学とマクロ経済学の両輪から成立します。これらの代表的な教科書としては、
ミクロ経済学:
①スティグリッツ『スティグリッツ ミクロ経済学(第2版)』東洋経済新
報社
②倉沢資成『入門価格理論(第2版)』日本評論社
③伊藤元重『ミクロ経済学』日本評論社
マクロ経済学:
①スティグリッツ 『スティグリッツ マクロ経済学(第2版)』
②マンキュー『マンキュー マクロ経済学 第2版〈1〉入門篇』東洋経済
新報社
③伊藤元重『ミクロ経済学』日本評論社
④福田慎一・照山博司『マクロ経済学・入門』有斐閣アルマ
などがあります。
一般に、これらの教科書は翻訳されたものと、日本人が書いたものの二つに分類できます。翻訳されたものは世界的に知られるだけあって定評のあるものです。例えば、①はノーベル賞受賞者自身によって書かれた教科書です。そういった本を日本語で読むことができます。一方、翻訳の弱点としては図表などが主に米国のデータに基づくものであり、日本のそれではないことです。日本人の手によるものはその点は心配がない上、少なくとも上記の教科書は定評のあるものです。もちろん、これ以外にも膨大なミクロとマクロの教科書がありますので、本屋で実際に手にとってみて、自分にしっくりするものを選ぶのも良いかと思います。
今回の応用例として取り上げた金融問題については、
①池尾和人『現代の金融入門』ちくま新書
②藤原賢哉・家森信善『金融論入門』中央経済社
③花輪俊哉・小川英治・三隅隆司編『はじめての金融経済』東洋経
済新報社
などが参考になるかと思います。



「貸し渋り」現象の表現
